6月13日(金) 結婚式当日

07:00
起床。シャワーあびて、パジャマのまま一昨日買ったジョアンのペストリーを食べる。きつくて窒息死しそうなコルセットを装着し、荷物抱えていざ出発。
タクシーを呼んで、まずは帝国ホテルに荷物を搬入する。

09:45
帝国ホテルに到着。以前からファックスで式に使ったドレスやスーツやブーケの宅配について相談していたのだが、その内容がきちんとベルキャプテンに通っていた。さすが帝国ホテル。スーツケースやらを預けてしまうと、あとは11:00にYMCAに入るまで暇となる。

10:05
もう既にオニューの白いパンプスの所為で足が痛くてたまらなくなってきた。が、Kさんが今日履いてこなければならなかったらしい黒い靴下を忘れて来たということで、とりあえず確実に開店している三越に歩いて行く。ああ、もう足の指が痛いよぅ……と泣き言を言っていたら、タクシーでYMCAで行くことになった。らっきー。

10:35
ちょっと早いがYMCA到着。まだちょっと時間があると言うのでロビーで待つ。今日、私たちのお世話をしてくれるHさんが電報を持って来てくれた。内々の会なのに一体何処から……と思うと、仕事関係と、従姉妹からのものだった。押し花やらメロディーやら、初めて手にする自分たち宛の電報である。Kさんは弟を迎えにお茶の水駅まで行く。しばし1人でほけー……っとしていたらHさんが迎えに来た。どうやら準備に入るようだ。

11:00
別人化計画の発動。
衣装室の奥にメイクルームがあり、その中にカーテンで囲われた畳の間があった。
「ここでこれに着替えて下さいねぇ」
と薄手のガウンのようなブツを渡され、コルセットの上にはおる。で、鏡の前の椅子に案内され、どうやら顔と髪から加工が入るらしい。
ちょっと迫力ある、如何にも「髪結い」的雰囲気をかもし出すおばさんと、助手らしい若手の女性が二人して私の頭をこねくりまわし始めた。どうやらおばさんが髪担当、お姉さんが顔担当で同時進行で進めていくつもりのようだ。顔に2種類も3種類もクリームを刷り込まれ、その一方でくいくいと髪にカーラーが巻かれていく。15分程で鏡の中の私は、頭はカーラーだらけのサザエさんヘア、顔は白塗りの、既に別人26号位の様相を呈していた。

次にカーラーをといて、頭の加工に入る。と同時に首やら腕やらにもペンキのようなファンデーションが塗られて、もはや私の毛穴はないのです状態になっていく。髪をブラシでぐいぐい引っ張りながらマスカラやアイシャドーをつけるものだから、私の心中は冷や汗ものだ。でもメイクの合間に薄目をあけて鏡を見る限り、「これがワタシ!?」とどこかで聞いたようなセリフを叫びたくなってしまうような別人が映っている。これはすごい。
にぱ〜と笑うと顔にヒビが入りそうで、どうも表情が強ばってしまう。ヒビは入らないと思うけど、でもやっぱり何か、いつもの私じゃないみたい。
髪を上にあげて、ヘッドドレスをつけてベールをつけると流石に花嫁に見える自分が恐かった。おお、キレイじゃないか。扉の向こうではどうやらKさんも着替えが済んだあたりのようである。「できました〜」なんつー声が聞こえて来る。
髪と顔を崩さないように、そろそろとガウンを下に落としてウェディングドレスを着る。コルセットがきつくて下にかがんだりする動作が苦しいことこの上ない。
4月の頭に採寸して作ってもらったクチュールナオコのドレスはちょうど良かった。痩せても太ってもいないということなのだろうか。やや複雑な心境ではある。
衣装部屋の人々に「いってらっしゃーい」と声をかけてもらって、しずしずと歩く。ドアの前にはこれまた化けたKさんが立っていた。3万円の追加料金を払って着ることになった黒いタキシードがなかなかお似合いではある。うおぅ、新郎みたいじゃないか。
「花嫁みたいだ」
「花婿みたいだ」
と新郎新婦は失礼にもお互いをそう評価した。これも愛である。

12:00
お互いとの再会を喜ぶ暇もなく、写真スタジオに通される。まだ花嫁の実感が全然わかないが、まぁ仕方がない。愛想の良いカメラマンのおじさんに、
「首ちょっとこっちに」
「右足をちょっとひいて」
「もうちょっと寄り添って」
などと注文が飛ぶ。もう背筋がぎくしゃくして穏やかな微笑みなど浮かべられる状況ではない。だが無情にも最後の注文、
「笑って笑って、まばたきは我慢してね〜」
に必死で応えつつ、写真撮影は終了した。もうすでに疲れがみえる私たちである。

控え室に入って座っていると、義弟NさんとSおじさんが入って来た。立ち会いをしてくれることになっていた、従姉妹のRちゃんは未だに来ないらしい。しょうがないので同じく従姉妹のKちゃんに立ち会いをお願いすることにした。黒っぽい夏物の服を着たKちゃんは、すっかりおとなびちゃって、まるでアムラーのようである。髪の毛シャギーはいっちゃってるし、茶髪だし。
「いいな〜由紀ちゃんいいな〜」
としきりに言っている。うふふ、綺麗でしょ〜と今日ばかりは私もそう思う。

12:20
リハーサルをする。
牧師先生はまだ来ず、オルガン奏者のおばさんが式の流れと歩きかたを教えてくれる。
「今ざっとやりますけどね、全然おぼえなくて良いですからね〜」
としきりに言う。ばかにすんな、緊張しててもそれくらいぴしっとやれるわいっとKさんと二人、ちょっとむかっとする。
リハーサルが終わると牧師先生が現れた。以前の面会はスーツを着ていて、割合に普通のおじさま風情だったのが、今日は流石に「神に仕える身なのですっ」的雰囲気をまとっている。だが言葉使いは相変わらず飄々としている。
「名前の確認をね……」
などと言っていると、突然廊下からわいわいと人の声がして、私の親戚が大挙して押し寄せて来た。
「きれいね、由紀ちゃん、きーれーいー」
「写真よ写真、ほら、Rさん、行って行って」
「由紀ちゃん撮るよ、こっち向いて〜」
「あらあらあら、フラッシュが」
と大変な騒ぎである。牧師先生もちょっと唖然としている。
続いて従兄弟がビデオカメラを持って現れたり、友人Wさんがカメラ道具一式を抱えて現れたりでばたばただった。
もう式まで10分程度だというのに、全然緊張する暇もあったもんじゃない。

13:00
式開始。
Hさん他、係の人に誘導されてチャペルの扉の前にたつ。まだ従兄弟のH君がカメラを抱えていたりして、"早く中に入りなさいっ"などと身振りで知らせる。これだから緊張する暇も無いというのだ。
前から牧師先生・Kさん・Nさん・私とおじさん・Kちゃんの順番で並ぶ。最初に前の三人が入場し、十字架の前に並んだ後に私たちが入場する。式の流れは以下の通り。結婚式次第より抜粋である。

前奏
新郎新婦入場
賛美歌 312番
聖書・コリント人への第一の手紙第13章
祈祷
式辞
夫婦のつとめに関する聖句
誓約
指輪交換
祈祷
宣言
祝歌
賛美歌 430番
祝祷
アーメンコーラス
後奏
新郎新婦退場

おじさんと腕を組んで白いバージンロードを歩くも、頭の中は、
「音楽にあわせて格好良く歩かなきゃあ。変な顔してないでしょうね、私」
というようなもので、結婚式の感動も何もあったもんじゃなかった。通路側に友人たちが立っている。ちゃんと来てくれたんだ〜。
母の姿が目に入ったとき、どういうわけか泣きそうになってしまったりはしたが(母のものかわからなかったが、誰かの啜り泣きのようなものが耳に入ってしまったのだ)、それでも"泣いたらお化粧が崩れちゃうじゃないかっ!"という一念で目の前の十字架を睨みつけて自分の感情を平静に戻してしまった。最初に平静になってしまったら、後の儀式も淡々としたものである。

十字架の前で待ち構えている牧師先生はものすごく威厳に満ち溢れていた。以前面談したときはKさんと二人、「大丈夫かな〜、なんか心配だよね」と言わしめた風情を持つ人だったのに、十字架の前の牧師先生はまさしく神に仕える身になっていた。心なしかオーラまで感じられる。目の前の先生は指輪交換前までにいくつかの話をした。正直言って、お説教の類は嫌いなものであまりおぼえていないのだが、川に流れる水が広場に流れるとか流れないとか、そのような内容であったと思う。違ったらすまん。
後はおきまりの「夫は妻を愛し、妻は夫を敬いなさい」といったようなもの。続いて誓いの言葉で、「汝はKを夫とし、その健やかなる時も……誓いますか?」という問に「はい、お約束します」と元気良く答える。こういうものは大きな声で答えなければと思う。とは思うが、思い返すと大きすぎる声だったかもしらない。

で、式のクライマックスである指輪交換とベール外しである。
さすがにここでミスったらまずいと多少緊張するものの、何とか問題なくお互いの指輪をはめる。で、休む間もなく膝を屈めた私のベールをKさんが持ち上げて……でとりあえずの仕事はおしまい。また前を向いて、今度は誓約書にサインをする。一度はめた手袋をまた脱がなきゃいけなくて、とても大変。めんどくさいぞ。
聖歌隊が歌を歌っている間、右横に設置してある台に署名する。流石に緊張しちゃうわね。嗚呼、二人とも字が汚いわ、と冷静に観察してしまう。
で、前に戻り、十字架に向かって署名した文章を読み上げる。悪いけど大きな声には自信があるのよ。と大声自慢の二人は新郎新婦の初々しさとは遠い、堂々した声で宣誓した。運動会の選手宣誓じゃないんだから、も〜。
「私達はその健やかな時も、病む時も、互いを愛し、敬い、慰め、助け、互いの命の限り、堅く節操を守ることを約束します。K、由紀。1997年6月13日」
1回しか練習しなかったのに綺麗に揃って言えた。ぱちぱちぱち。
最後に1曲歌って、退場。今度はKさんと腕を組んでらんらんらんだ。

最後の最後に牧師先生からお言葉があった。
「さて、これで式は終了です。後は新郎新婦の退場だけです。」
と微笑みを浮かべて言い出した牧師先生は、オーラが消えて面談の時の先生に戻っていた。夫婦になっても、これからが大変だ、だとか、新婦のお母さんを大切に、とか。"大きなお世話よ"とか思わないでも無かったが、ここはここ、花嫁なものだから、にこっとしている。ちょっと隙間のある歯をにかっとさせて、最後に牧師先生は「おめでとう、本当におめでとうね」と言ってくれた。
ベールをあげて見たチャペルは以前来たときよりも広く見えた。来てくれているお客様は30人程度の親戚と10人程度の友人。良くある披露宴付きの式よりはこぢんまりとしていて、チャペルを埋めるには程遠かったが何だか良い感じである。あちこちから「おめでとう」という声がして、ゆっくりと退場した。早く友達に会いたい。

……と思う間もなく、退場するやいなやとっとと写真スタジオに通される。何時の間にかチャペルを脱出していたWさんがカメラを構えて扉の隙間から一生懸命撮ろうとしていた。何だか本当に撮影に一生懸命で申し訳なくなってしまう。こんなところに閉じこめられていたら、友人が帰っちゃうよ〜、と私は心配でたまらなかったが、Hさんが気をきかせてチャペル前で待っていてもらうようにしてくれた。私の右にKさん、その隣にNさん、私の左にKちゃん。後は親戚の皆さん。5〜6回フラッシュがたかれた。ヘンな顔、してなきゃ良いけど。

写真撮影後は友人親戚ごちゃまぜの大騒ぎだった。こっち向けだのあっち向けだの大変な大騒ぎである。フラッシュで目がちかちかする。一番かしましいのはやっぱり私のおばたち。合間をぬって、来てくれた友人に「みんな〜」と言ってほてほてと行く。かわいいでしょ、かわいいよね、かわいいと言って。明日も会える人ばかりだけど、ちゃんと花嫁衣装フルセット装着しているのは今だけだもんね。ちゃんと見て〜、とばたばたする。

30分程度のばたばたの後、撤収作業に入る。荷物は全てまとめてフロントで預かって下さっているとのこと。Kさんと二人で抜けて、ドレス姿で清算を行う。今日は会議関係が多いらしく、スーツ姿のおじさんらが多く、私たちの目立ってしまうことこの上ない。見ると吹き抜けの階上からこっちを眺めている、会議の受付けらしき女性もいる。う〜ん、はずかしい。

14:15
Kさんと松本楼に向かう。フロント裏で二重スカートを取って身軽になる。これで楽に歩けるようになった。1階にはまだKさんのお父さんたちがいたりして、まだざわざわしている。自分たちは先に行っていた方がよいだろうと言うことで、二人でタクシーに乗り込んだ。ウェディングドレスでタクシーに乗るなんて初体験だ。……あたりまえか。車に乗るところまでHさんが見送ってくれた。カメラを構えたWさんも見える。
道中、隣に止まったバイクのお兄ちゃんにしげしげと見られたり、並んだ乗用車の運転手にぎょっとされたりであった。

松本楼には既に半分位の親戚が先に到着していた。数分待って、どうやら全員が揃ったようだ。食事会までまだ30分位ある。梅雨の季節にしては随分良い天気で、松本楼の前でいくつか写真を撮った。KさんはKさん方の親戚方の人数確認をしているようだ。
私は早めに2階の銀杏の間に行ってみた。2面が大きな窓に面していて、とても気持ちが良い。本当に晴れて良かった。これが雨だったら洒落にならなかった。
窓からぼーっと下を眺めていたら、そろそろ皆が集まって来た。

15:00
食事会開始。
Kさんの挨拶からKさんのお母さま、うちの母の順で親戚の紹介が行われる。その後は歓談しながらの食事会。Kさんと私が並んで一つのテーブルにつき、その正面に2列になって新郎側、新婦側と奥に伸びて席がある。私たちの席は少し離れていて、それが丁度良い。あまり近くて話をぽんぽん振られても困ってしまうしね。何と言っても、料理は全部食べたい私たちである。
出された料理は、その日の市場の様子によって作られるものだと聞いていた。だから事前にそのコースを食べることは出来ないと以前言われたのだ。

フォアグラのテリーヌ
タピオカ入りコンソメ
パン
オマール海老のファルシー
牛肉のパイ包み・サラダ
アイスクリームとムース
メロン
コーヒー

どれも悉く美味。これで1万円のコースとは、かなりお得なのかもしれない。
Kさんと二人で残さずに食べる。Kさんは海老のソースが皿に残らない程綺麗に食べていた。私もそうしたかったけど流石にそこまでは……とあきらめる。海老を食べている時などをわざと狙って、いたずら好きなおばたちがカメラを向けるものだからどうも油断ならないのだ。
親戚のテーブルを見ると、皆、割と残さずに食べているようだった。洋食が苦手だろうおばさんたちが心配だったが、美味しく食べてもらえたらしい。良かった。ただ、私側の親戚のほとんどが箸を使って料理を食べていたのが何だったが。……仕方ないか。
私が締めの挨拶をして終了。

終わってからも皆ゆるゆるとしていてなかなか解散する気配が無かったのだが、KさんのおばEさんが車で帝国ホテルまで送ってくれることになった。着替えやらお祝いやらが入った紙袋を抱えてホテルにチェックインする。
黒い礼服を着てチェックインするKさんの後ろの方で、ウェディングドレス姿でぼけーっと待っていると、フロント係のお偉いさんのような人がしきりと気にしてくれて、早く部屋に案内するようにと急かしてくれた。……そんなに私は目立っていたのだろうか。そりゃホテルの正面玄関から花嫁衣装着て入る客はあまりいないと思うが。部屋は本館の1555号室、既にスーツケースも中に入れて貰っているらしい。

通された部屋はえらく広かった。部屋代\36,000というにしては広すぎる。入って右にクローゼット、左にバスルーム(残念ながらシャワーブースまではついていなかった)。部屋に出ると左にベッド、右に応接セットがある。2人がけのソファーの他、一人がけの椅子とフットレスト、それ以外に窓に面して事務机と椅子、ベッド側の窓際にはドレッサーと椅子がある。チェストも個別に置かれていて、全部で15畳以上はありそうな部屋の広さだ。
部屋に案内してくれたベルボーイに花瓶を持って来てくれるように頼み、花瓶が届くまでの間に髪の解体作業に入る。ヘアピンとスプレーでがっちがちに固められた髪は二人がかりでもかなりの苦労を要する。手のひら一杯のヘアピンが取れた頃にはすっかり疲れ果ててしまった。で、花瓶が届くやいなや、今度はドレスを脱ぎにかかる。食事が大層辛かったコルセットを脱ぎ捨てて、さっぱりする。黒いワンピースを着ると、Kさんが一言、「バーのママみたいだ」
……なるほど、濃いメークにカーラー巻いたくるくるヘア、黒のワンピじゃ夜の女だよなぁ……。

18:30
少し落ち着いたので外出する。ジーパンに履き変えて、先程のきらびやかな服装はみじんもない、何処から見ても帝国ホテルの宿泊者には見えない格好で正面玄関を出る。ジーパンはいて、大金を握り締めて、松本楼で今日の食事会の支払いを済ませる。そのまま銀座1丁目の方までお買い物。
聘珍茶寮で翌日のパーティで使うチャーシューマンを、薬局でマニキュアやリムーバー、ついでにディスカウントショップでお茶やら果物ナイフやらKさんの靴などを買う。果物ナイフは旅行先で果物を食べるのに必需なのだ。

部屋に戻り、荷物などを片付けてしばしほけーっとする。そういえばおなかがすいてきた。1階のカフェテラス、ユリーカで食事しようと思うも、そういえば先程大行列だったと思い出す。ならば部屋から予約だぁ!と電話するも、ここは電話予約出来ないという。しかも金曜だから閉店まで行列が続くとか。……冗談じゃないぞ、コラ。宿泊者なんだから便宜はかれ、とKさんとやや憤慨する。

21:00
などとしながらも、空腹にもかえられないし、他の店でコース食べちゃうほどおなかもすいていない。仕方ないのでユリーカに並びに行く。15分ほど待って、座る。

Kさん:ハンバーグステーキ
由紀:鶏肉のグリルカルフォルニア風

セットでパンとスープ(本日のスープはトマトのクリームスープ)、コーヒーつき。
生ビールで乾杯して、やっと一息つく。鶏肉のグリルはアメリカンサイズでちょっとすごかった。いきなり胃が充実してしまう。

部屋に帰って、お風呂に入って、23:00前、就寝。帝国ホテルのベッドはふかふかで気持ちが良かった。枕もね。