おらが町、ナッシュビル名物

食い道楽としては、旅行先の名物料理は何かということは、とてもとても気になることだ。当然、アメリカに10ヶ月住むことが決まった時も、「自分が住む町の名物料理は何だろう?」ということを考えた。
……が、アメリカ南部の大きな町の情報となるとニューオーリンズとかアトランタあたりのものが多く、ネットサーフィンしていてもなかなか見つからない。実際にテネシー州に住みはじめてからも、「これが我が町の名物!」と言える食べ物はなかなかみつからなかった。

我が町の名物、テネシー名物というわけではないけれど、この地方で頻繁に食べられている料理というのは、こんな感じ。

Meat'n Three (ミート・アンド・スリー) [食事記録1食事記録2]
ある特定の料理名ではないけれど、南部料理ならではのひとつの形式がミート・アンド・スリー。"おかず1種類・サイドディッシュ3種類"が、多くの場合1皿に盛られた形でテーブルにやってくる。おかずはフライドチキン、ミートローフ、ローストビーフ、チキンポットローストなど数種類あるうちから選択できる場合が多く、サイドディッシュも野菜料理をはじめとしてマカロニ&チーズ、サラダ、スープなど10種類以上がメニューに並ぶ中から選択できる場合がほとんど。心の赴くままフライドチキンとコーンとマカロニ&チーズとマッシュポテトなどという選択をすると、皿の上が全面的にイエローベージュ色に染まってしまったりするので要注意。

Memphis BBQ (メンフィスバーベキュー) [食事記録1]
アメリカでは、それぞれの地域ごとに独自のバーベキュースタイルというものを持っている。"メンフィスバーベキュー"と言われているテネシー州メンフィスを中心にあちこちで食べられるバーベキューは、豚肉使用。骨つきのリブをグリルしてそのまがガブリといくタイプもあるし、塊肉をグリルした後に細かく切ったり、手で割いたりするタイプもある。そして、共通するのは上からどっぷりかけられるバーベキューソース。黒砂糖がたっぷり入っているというこの地域のバーベキューソースは、黒々とした焦げ茶色をしており甘辛いこってり味。グリルした後割いた豚肉にこのソースをどっぷりかけ、それをハンバーガーのごとくバンズに挟んで食べる(コールスローも一緒に挟んだりもする)のも多く見かける。後で猛烈に喉が乾くのが難点だけど、美味しい!

Fried Catfish (揚げナマズ)
最寄りの海岸まで500マイルなんて状況がざらにある内陸の地では、昔から"魚というと淡水魚"があたりまえだった。その中でも、キャットフィッシュ(ナマズ)は非常によく見かける食材。独特の泥臭さがあるので、スパイスをふりかけてフライにするのが一般的な調理法らしい。
「ナマズねぇ……あんまり好きじゃないんだよ。海水魚の方がやっぱり美味しい。でも、海水魚は手に入らないし、手に入ってもすごく高価なものだからしょうがなくキャットフィッシュを食べているのさ」とは、この地に何十年も住む人のお話だ。ケイジャン料理、クレオール料理で有名なニューオーリンズでもキャットフィッシュ料理はよく見かけられる。

Southern Fried Chicken (南部風フライドチキン) [食事記録1食事記録2]
南部料理。テネシーと隣接するケンタッキー州に本社のあるケンタッキーフライドチキンのあの味、あんな感じのフライドチキンが南部風フライドチキン。衣はカリッと固めで塩気・スパイス臭がやや強く、そして肉そのものにもじっくり味が染みているタイプのものが多い。南部料理屋さんでは、このフライドチキンが自慢の味というところも多い。

Buffalo Wing (バッファローウィング) [食事記録1食事記録2]
発祥はニューヨーク州バッファローという町の、鶏手羽料理。カラリと揚げた手羽(衣をつける場合もあるし、衣が全くないものもある)を、真っ赤な辛いソースに浸したもので、火を噴くほど辛いものから、辛さ控えめなマイルドなものまで店によって本当に色々な味がある。ビネガーを加えた、辛酸っぱい味になっているのも一般的。比較的全米どこででも食べられる料理だけど、南部料理屋さんではこれを名物としている店も少なくない。ビールにすごく似合う。

Gumbo Soup (ガンボスープ) [食事記録1食事記録2]
ニューオーリンズの一種独特な料理文化"ケイジャン料理"に属するガンボスープ、当然本場はニューオーリンズ。だが、ガンボスープは数あるケイジャン料理の中でも、とりわけ南部全域に深く広まっている料理のようだ。お洒落なサンドイッチ屋さん、ガツンと肉を喰わせてくれるステーキ屋さんなどでも「本日のスープ:チキンガンボ」なんて記述をよく見かける。ガンボとは、オクラの意味。きざんだオクラがたっぷり入るのが通例で、オクラから出る独特なとろみがある。小麦粉を炒めて炒めて炒めまくった焦げ茶色のルウが入っているため独特な濃厚さがあり、スパイスもたっぷり。

Corn Bread (コーンブレッド)
コーンミールをたっぷり使って作る、南部ならではのパン。朝食を供する店などではトーストとコーンブレッド、ビスケットのうちのどれがいい?などという選択を迫られることがよくある。ランチプレートなどにも問答無用でこれがついてきたりする。大きなベイクドパンに生地を敷き詰めてオーブンで焼くパンなので、外見はざくざくっと四角に切ったケーキのような感じ。甘さは少なく、ぽそぽそもそもそとした食感。なかなか味わいのあるパンだけど、1切れ食べ終わるとなかなか2切れ目には手が出せなかったり……。

Biscuit (ビスケット) [食事記録1]
上記コーンブレッドと同じく、朝食をはじめランチからディナーまでパンの代わりによく見かけられるもの。お菓子のビスケットではなく、ケンタッキーフライドチキンのそれが比較的近い(でも通常、中央に穴は開いていない)。メープルシロップをかけて食べることはあまりなく、バターやジャムを添えたり、卵料理と共に食べたり、あるいは下記"グレイビー"をぶっかけつつ食べたりする。丸くこんもりとした形状のポソポソパサパサとした食感で、見ための印象より塩味が強いものが多い。その店々で自家製が用意されていることが多々だけど、"ビスケットが名物"という店のそれはさすがに絶品だった。温かく、ふわんふわんで上質のケーキのような食感、しかも塩気は少なめでいくらでも食べられてしまうものだった。

Gravy (グレイビー) [食事記録1]
モーテルに用意されている無料朝食コーナーで、たま〜に見かけることができる。昔ながらのダイナーで供される朝食でも登場したり、Meat'n Threeの店でサイドディッシュに用意されていたりもする。"具が少ない、とろみ多め塩気強めのホワイトシチュー"といった感じの料理で、具が全く何もないものもあれば細切れソーセージが入っていたりも。モーテルの朝御飯は大抵わびしい内容のものなので、これがあると妙に嬉しくなってしまう。ビスケットにぶっかけて食べることが多いらしい。

で、話戻って「ナッシュビル名物ってあるのかな?」について。

ナッシュビル名物と言って良いのか、テネシー名物と言って良いのかわからないけれど、数十年前から存在し、「これって美味しいよね」と他州に住む人から噂されているらしいのがTipsy Cake(ティプシー・ケーキ)というもの。Tipsyとは"酔っぱらい""千鳥足の"といった意味。
テネシーもののお土産を扱うところで見かけることができるけれど、一番買い求め安いのは全米にチェーン展開しているテネシー発祥の南部料理屋さん、Cracker Barrel。キャンディーやジャムが並ぶ棚に箱入りのそれが置かれて、必ずレストランにおみやげ物屋さんが併設されているこのチェーン店ならほぼ確実に買うことができるらしい。このケーキを作っているメーカーは1種類のみ、Pepper Patchというナッシュビル近郊の小さな町にあるお菓子屋さんだ。"Tipsy Cake"、"Tipsy Fudge Cage"の2種類があり、後者はチョコレート味であるらしい。

公式ホームページを見たところによると、1984年にナッシュビルで開催された全米知事会議に出席した人々への贈り物に何か良いものはないかと、テネシー州知事夫人がこの店のオーナーに、この町独自のユニークなお菓子の贈り物はないものかと依頼したのが始まりだそうだ。その会議で皆にふるまわれた後、このケーキはニューヨークで開かれたSpecialty Food Trade Showで特別賞を受賞したらしい。バターと新鮮な卵、砕いたピーカンナッツにレーズンを使って黄金色に焼き上げ、焼き上がったケーキをPremium Jack Daniel's Tennessee Whiskeyに浸してできあがり!……とのことで、なんでも1ポンドのケーキに1/2カップのジャックダニエルが入っているのだとか。そりゃ確かに酔っぱらいケーキだよなぁ、と笑ってしまう。

箱を開けると同じロゴが入った赤い缶。缶を開けると猛烈な洋酒臭さが漂ってくる。ラップにくるまれた中にはアルミの型で焼かれた小型のケーキが収まっており、小さいけれどずしりと重い。
ナッツやレーズンがみっちりと詰まったケーキは、どっしりもっちりとしていて甘さが強め。洋酒がとびきり効いたフルーツケーキがあったりするけれど、それと似たような味わいだ。ジャックダニエルの風味はそれほどとんがっておらず、案外とまろやか。大量に食べるとずっしりと胃に堪えそうな印象だけれど、一口大に切ったそれを紅茶と味わうとなかなかいける。テネシー名物ジャックダニエルが入っているというのが、テネシー土産としてはなかなか気が利いているかもしれない。

……でも、東京に住む人が日常"雷おこし"を買って食べたりはしないように、この地に住む人が進んでこれをしょっちゅう食べているというわけじゃなかったりして。名物を探すのって、なかなか難しい……。