8月17日(土) 北を目指したはずなのに……

Jackson違い……

過ちに気がついたのは、あと20分ほどで「Jackson空港」に到着しようという頃だった。
私たちは北を目指していた。アメリカ北部の国立公園、イエローストーン周辺を旅行しようと計画を立て、最寄りのJackson空港行きのチケットを手配したはずだった。フライトチケットと同時にレンタカーの予約もインターネットで済ませ、国立公園内の宿もインターネットで予約した。全て手抜かりはないはずだった。これ以上ない手抜かりがあったことを知ったのが、着陸20分前だった。

これはミシシッピ川でござった……
「どこがロッキー山脈なのかしら……」と思わず撮影

Memphisで乗り換え、50人ほどしか乗れない小型ジェットに乗り込んでからしばらく、私はずっと機内誌を眺めていた。
「なんかヘンだ、絶対ヘンだ。やっぱりヘンだ」
とアメリカ国内路線図を睨みつける。
「……イエローストーン周辺だったら絶対時差があるはずなのに、なんで行き帰りにかかる時間が一緒なんだろう?」
「MemphisからJacksonまではめちゃめちゃ距離がありそうなのに、なんでNashville→Memphis間と同じ1時間しかかからないんだろ?」
「大体、テネシーから北部に移動するのにたったの2時間しかかからないなんて絶対ヘン!」
おかしいおかしい、絶対おかしい、大体、ロッキー山脈を越えなきゃいけないのに、眼下に見えるのは蛇行する雄大な太い川と深い森ばかりののどかな光景だ。なのに飛行機は既に着陸態勢に入っている。

で、Memphis周辺の飛行場の名前を見ていたといころ、見たくない固有名詞と目が合ってしまった。ミシシッピ州Jackson空港。飛行機でちょうど1時間で行けそうな距離にその空港はあった。NashvilleからMemphisはほぼ真西、そこからほぼ真南にJacksonという文字が見えてしまった。いやーん。飛行機は雲に入って小刻みに揺れる。私の心は大揺れだった。

「だ、だだだ、だんな、だんな……いま、わたし、すっごくヤバい事に気がついちゃった……」
「なぁに?おゆきさん」
「あのね……私たち、ミシシッピ州に向かってる……」
「……え"……?」

アメリカ北部の国立公園旅行。夜にはマイナス2℃にもなるという北部目指して、ドラムバッグの中身は長袖の厚手の服を詰めてきた。なのに数十分後、私たちが降り立ったのは南部特有の熱気と湿気に溢れた35℃の世界だった。うんざりするほどの暑さの中、私たちの心は冷えまくっていた。

後から考えれば、チケットに記された情報の全てが「ワイオミング州になんかいかないよーん」と指し示していた。Jackson空港は実はテネシー州にもあって、それだけには気をつけていたけど、そんなにあちゃこちゃJackson空港が潜んでいるなんて、全然知らんかったのである。気づきもしなかった。もうバカバカ。大うつけ。たわけ者。嘆いていても仕方がない。航空会社のカウンターで予約したならともかく、チケットを選んでホームページで購入したのは私たちだ。ミスは私たちにある。

「……今から何としても北を目指す?」
「いや、それじゃ旅費があまりにも高くなるし……」
フライトチケットとセットで取ったレンタカーはこの地にある。宿だけが北に予約されているのであった。一番傷を浅くする方法は、宿をキャンセルしてこの地で遊んじゃうことだろう。幸い、ここ"Jackson"から南に200マイルほど行けば「食い倒れの都」として名高いNew Orleansに辿り着くことができる。いずれは行ってみたいと思ったいた街だ。
「もう北部は諦めて、南部でたっぷり遊んじゃいましょうかね」
ということで、5日間アメリカ南部の旅が決定した。
問題は、長袖しかない手持ちの服だ。

Brookhavenの街で

とりあえず、今から宿を探しつつ南下しなければならない。JacksonからNew OrleansまではハイウェイI-55で一直線だ。時刻は午後3時というところ、
「とりあえず予約しちゃった宿のキャンセルもしなきゃならないし」と1時間ほど走ったところで宿を取ることにした。

まっすぐまっすぐ、ずーっとまっすぐ呆れるほどまっすぐなまっすぐなまっすぐな道だ。両側には針葉樹っぽい樹が立ち並び、緩やかな起伏がある以外はカーブも少なく、ひたすらまっすぐまっすぐまっすぐの道。先の路面が濡れているように見えたと思った途端に大量の雨に襲われてしまったりしながら1時間、「Brookhaven」という小さな街に辿り着いた。幸い宿もガソリンスタンドもあるらしい。降りてみると嬉しいことに馴染みの大型マーケット「WAL☆MART」まであった。これで服も調達できる。

宿は高速道路降りてすぐのモーテル「Comfort Inn」に。
この国、州と州を結ぶ長い長い高速道路のそこここのポイントには必ずモーテル群がある。ヒルトンホテル、アンバサダーホテルなどが運営するちょっと高級めなモーテルもあるし、かなり安いもの(1泊$30程度とか)もある。目立つものはそのほとんどがチェーン展開しているものだ。「Comfort Inn」もチェーン展開されているもので、あちらこちらで黒地に黄色の文字のその看板を見かける。

「モーテル」と言ったらば、私なんかは映画でしか見たことがなくて、
「えーとえーと、モーテルって要するに"ターミネータ2"で新型ターミネーターから逃げた親子が泊まったようなところだっけ?」
みたいな印象しかないのである。"モーターホテル"と言うからには、なんとなく排気ガス臭いホテルだったりするのかしら?なんて酷いことまで考えていた。んが、全然そんなこたなかった。

2階建ての、30部屋くらいしかなさそうな小さなホテルで、その各部屋の入り口が外に向いている(絨毯敷きの廊下などを通ることはなく、車を降りたらすぐ各部屋のドアがそこに並んでいるという状態)という以外は普通のホテルだ。キングサイズのベッドが置かれ、テレビにアイロンにコーヒーメーカー、冷蔵庫までついている。ごく普通のユニットバスに、バスと独立の洗面所。入り口側には2人がけのソファとライティングテーブルも置かれている。ベランダだのテラスだのはないけど、1泊$50程度と思えば安いものだ。しかも外にはプールまである。

一休みして、とりあえず予約してしまった宿のキャンセルから始める。が、小さな街なものだから、ここにはインターネットのアクセスポイントが存在しなかった。同じ市外局番の別の街のものを入れると「それは遠距離通話になるから市外コードから入力しろ」と言われ、入力するとそれはそれでエラーになる。何の情報も持たずにいきなりNew Orleansを目指すことになったのだからなにがしかの情報を手に入れたかったのに、そうするにはインターネットが必需なのに、この日は結局インターネットにつなぐことができなかった。……うーん、New Orleansの美味しいお店ってどのへんにあるんだろう。

とりあえず手持ちの『USA』なるロンリープラネット社のガイド(英語だ……)によると、「French Quarter」なるところが街の中心部らしい。そこらへんの宿は便利だけど高価でもあるらしい、が、蒸し暑い夏はローシーズンなので半額くらいで泊まれるところもある……そんな風に書かれていた。犯罪がけっこう多い街だから用心しなさいよ、とも書いてある。

予約済みの宿には一応全てキャンセルの旨を伝えることができ(前払いしたデポジットが返金されるのはどうやら1泊分だけになりそうだけど……)、それでは、と「WAL☆MART」にお買物。幸いセール中で$1の幼児用タンクトップだの$3の女性用シャツだの、怪しく安いいものをあれこれ買うことができた。これで服は大丈夫。

香菜たっぷりメキシカン〜「El Sombrero」

物資の調達の後は、食い物である。高速道路と交わっている太い通り沿いにはモーテルやガススタンド群、スーパーマーケットが並び、飲食店もそこそこ揃っていた。とりあえずファーストフードには困らないという状態。
「んとねー、チェーン店じゃなくって、そいでもって美味しそうなところがいいなぁ……」
と呟いたら
「無茶言うな。だったら探せぇ〜!」
と、車を走らせる。最悪、チェーンタコス屋の「タコベル」かな、と覚悟はしていたけど、目の端にメキシコ料理専門店の看板が目に入った。
「今!右、右になんかメキシコ料理の看板が!」
「ん?行ってみる?じゃあ車回すかー」
と、"ヘタウマ"な絵が壁に描かれたちょっと怪しいメキシコ料理屋に入ってみることにした。うーん、これは美味しいか不味いかはフィフティフィフティ?みたいな雰囲気だ。7時を前にして、5組ほどの客がいるかな、というところ。半分不安に、半分楽しみに店に入った。

いきなりぺらぺらとスペイン語で店員さんに語りかけられ、
「お前達はエスパニョールじゃないのか?」
と今後は英語で聞かれた。違う違う、日本人だよ、と言うと
「Really?」
と本気で驚かれた。うっすら無精髭の我が夫は、そういや"アントニオ"という顔かもしれないし、すっかり日焼けして貫禄の出た私の顔もそんな感じかもしれない。というよりこの街、日本人なんて滅多に来ないのかもしれない。

英語のメニューを渡されたが、だがメキシコ料理専門店というのは初めてな私たち。分かるのはTacos(タコス)とFajita(ファヒータ)それだけ、という感じだ。メニューにはなんちゃらタコス、なんちゃらファヒータ、と色々あるが、そうじゃないのも色々あって、さっぱりわからない。とりあえずエスパニョールと間違えた店員さんととっつかまえて
「どれがお勧めなの?」
と聞きまくり、そのお勧めだというものを2皿出してもらうことにした。1つはタコスが添えられた1皿もののセット、もう1つは鉄製フライパンの上にアツアツの具がやってきて、それとは別にアルミホイルに包まれたFajitaが数枚、そして1皿だんなと同じご飯盛りの野菜やチーズの乗る皿もやってくるという豪華なものだ。

皿その2・ご飯とか野菜とか皿その1・肉と海老と野菜の炒め物鉄製フライパンの上の炒め物は豚肉と海老、ピーマンと玉ねぎとトマトという感じ。これが微妙にピリ辛く、どこか懐かしい味がする。駅前の定食屋の生姜焼き定食……なんてものと相通ずるものがある。どうやらこれをFajitaに巻いて食べるものらしい。

そして、楕円の皿には赤茶色のパラパラッとした炒飯っぽいご飯に、豆とひき肉とじゃがいもを合わせて煮込んだような茶色い物体がかかっている。その上にはチーズがとろけており、脇には野菜がたっぷりと。刻みレタスに添えられているのはサワークリームで、アボガドらしき緑色のディップ、トマトのマリネ、そんな感じ。

中華料理やタイ料理でなじみ深い「香菜(シャンツァイ、英名はコリアンダー)」は、話によるとメキシコ料理にも登場するらしい。が、今まで食べたタコスなどに香菜が使われることはなくて、どういうものだろうと思っていたけど、この店は香菜たっぷり使用の店だった。香菜好きな私には嬉しい限り。

楕円の皿のトマトのマリネには香菜の刻んだのがたっぷりと和えられていた。入店したと同時にテーブルに出てきたナチョスに添えられたサルサにも、刻み香菜がこれでもかとふんだんに使われていて嬉しくなった。青臭い香菜の匂いとトマトの甘酸っぱさは良く似合う。タコスの味にもすごく似合うのだ。

どうやって食べれば良いのかあまりわからず、とりあえずわしわしと食べてみた。柔らかいFajitaに炒めものを詰め、ついでにとサルサとかレタスとかも挟んでみる。サワークリームをこってりつけたレタスは適当な口直しになるし、ご飯も煮込みも、どこか日本に通ずる味もする。疲れた時にパンでもなく芋でもなくご飯を食べられたというのも有り難かった。どれも素朴に美味しい。

店には高速道路から降りてきた客というよりは近隣の住民といった風情の客が次々と訪れてくる。8時を過ぎて、店はすっかり繁盛していた。思いがけず美味しく温かい夕食にありつけて、私たちはとてもとても満足だった。メキシコ料理の名前ひとつわかっていないのは情けない。今度はきっちり予習して、どれが何だか理解してからメキシコ料理に臨んでみたい。


Brookhaven 「El Sombrero」にて
店員さんおすすめメキシコ飯×2
キッズセット(タコスとご飯&煮込み)
ビール(コロナ)×2
コカコーラ
全部で$24.87