11月23日(土) ニューヨークで吉牛を

900マイルドライブ

「サンクスギビング休暇にニューヨークに行ってみよー!」
と決めたのは9月頃の事。安い航空券はないかとそれから探し始めたのだけど、家族全員の往復チケットとなると、やはり合計600ドル以上になってしまうのだった。
「900マイルを車で移動してみる?」
「それは……2日がかりだ……」
「でも飛行機乗るよりは安上がりだよねぇ」
「行ってみる?」
「行ってみよう!」
ということで、テネシー州からニューヨークへ車で行ってみることになった。片道900マイル(東京から鹿児島に行くくらい)の大ドライブだ。

出発したのは11月22日の金曜日。朝10時に家を出、I-40を東へ東へ。I-81を北上し始めたところでバージニア州に入り、あとはえんえんと北上していく。

晩秋の景色っつーか、もう冬っつーか

ここ数日のテネシーは温かかった。昼間は半袖でも歩けたくらいだったのに今日の天気予報は「雪」。アパラチア山脈が近づく頃には、本当に小雪が舞い始めた。もう紅葉も終わってしまい、「晩秋」というより「初冬」といった印象の風景だ。

ファミレスで食事しつつ給油しつつ、ペンシルバニアとの州境に近いWinchesterという町に到着したのは夜8時半の事だった。「SHONEY'S INN」なるファミレスチェーンが運営する1泊49ドルモーテルにチェックインし、そのままよれよれと就寝。900マイルドライブのうち、2/3が終わったあたりだ。

田舎者、マンハッタンへゆく

11月23日土曜日。無料でついてくる宿の朝食(パン類とドリンクがロビーのカウンターに並べられているだけ、という非常にありがちなやつ)を平らげた後、午前9時に宿を出て、残り300マイルをひた走る。
I-81を北東に北東に向かっていくと、バージニア州からウェストバージニア州・メリーランド州を通ってニュージャージー州に突入する。I-81からI-78に入って東を目指せば、もうニューヨークは目前だ。

マンハッタンに入るには、橋を越えるかトンネルを通るかしなければいけないのだけど、いくつかあるどのルートも、必ず有料道路を通らなければならないようになっている。私たちは「Holland Tunnel」を通ってハドソン川越えをすることにした。地上の有料道路で1ドル、トンネルを潜るのに6ドル。有料道路に入ったところで、あの摩天楼が目に見えてきた。

車内騒然

「すっげー」
「高層ビルだぁ……」
「都会だー!」
車内、大騒ぎ。何しろ私たち、"エレベーターがある建物"すら珍しいほどの田舎から来ているのである。久しぶりの都会だった。

そこまでは渋滞には全く出くわさなかったものの、さすがにトンネルに入るあたりから道路は大混雑。トンネルを抜けると、そこはチャイナタウンにほど近いマンハッタンど真ん中で、クラクションの音があたり一面に響き渡っていた。

アメリカにおいてクラクションを鳴らすことは、中指を立てるのと同じことなのだそうである。だからかどうか知らないけれど、私たちの住む町においては(そして他のほとんどの町であっても)クラクションはほとんど聞かれることはない。だが、マンハッタンは違った。全体的に運転は荒っぽく、「そのタイミングでそれはないだろう」というようなタイミングで車は走るは曲がるわ止まるわ横切るは横入りするわ、とにかくこれまでの常識が全く通用しない。その報復に、他の車からクラクションが音高く鳴らされる。
最初、"田舎のナンバープレートは、ただそれだけで馬鹿にされてクラクションを鳴らされる"とも聞いた。我が家の車も、もしかしたら鳴らされていたのかもしれない。が、そんなの関係ないほどに町中クラクションの音だらけだったのだ。だんな、早速無理矢理に車線変更してきたタクシーに音高くクラクションを鳴らしている。早くも順応している我が夫。がんばれ。負けるな。

駐車場はあるようなないような、な状態で、目立つのは路上駐車だ。他の町ではまず必要ない(だってどこにでも広い駐車場があるから)縦列駐車のテクニックが試されるのがマンハッタンなのだった。我が家のテネシーナンバー車は、とりあえずよたよたと今日お世話になる予定の友人Yの住むマンションへ向けて車を走らせる。やっとの思いで路上駐車する頃には(←しかもバス停近くで本当は止めちゃいけないところだった)、
「あ〜らぁ、前のナンバーはニュージャージー州ですってよ。都会にお住まいなのねぇ」
「おー、横の車はオハイオだぞ。仲間じゃないか、ちょっと入れてくれよ」
などと、ちょっとばかりやさぐれた気分になって車内で軽口を叩いている私たちだった。

「あらー、せりあちゃん久しぶりー。ニューヨークへようこそ」
出迎えてくれた、私の高校来からの友人Y。彼女はマンハッタンで一人暮らしをしていて、年に何度か日本に帰国する時には友人グループで集まって宴会するのが常だった。会うのはほぼ1年ぶりだ。
「Y!Y!久しぶりー!あのさ、着いていきなりで悪いんだけど、車移動しなきゃいけないのね。で、私たちお腹空いているのね。一緒に吉牛行かない?行きましょう!おー!」
「え?は?あの?せりあちゃん?……あらぁ〜」

Yを拉致同然に連れ去り車に戻ると、まさにその駐車した道路に駐車違反取り締まりのパトカーが入ってきたところだった。数分差の危機一髪で車を動かし、数日後から宿泊予定のホテル駐車場に車を突っ込む。マンハッタンにおいて"駐車場つきホテル"なんてのはまず存在せず、良心的なところが「隣接する公共駐車場の割引サービスをしてあげますよー」などとしてくれる程度。宿泊予定のホテルはそのサービスをしてくれていて、「このホテルに宿泊するのは26日からなんだけど、23日から駐車しててもいいかなぁ?」と聞いたら軽やかにOKしてくれたのだった。もうこれで、ニューヨークから出るまで車に乗らなくても済む。だんなはマンハッタンでの数十分の運転で、もう消耗しきっていた。次にこの車に乗る時は、マンハッタンを去る時だ。

何も最初にここに来なくても〜「YOSHINOYA」

とにかく食べることが大好きな私たちは、当然のように「ニューヨークで行ってみたいお店・買ってみたいケーキ」なんてものの一覧を作って持ってきていた。家から持ってきたAAAのニューヨークシティマップは、チェックしたお店で黒々としている。美味しいケーキは喰っておきたいし、食材屋も気になる。チャイナタウンだって魅惑的だ。

魂の味。だがだが、その全てのニューヨークの美味をさしおいて、行かなければいけないところがあった。「吉野家(YOSHINOYA)」だ。
アメリカに来て4ヶ月、あの牛丼はどんなに望んでも食べられない味の1つだった。テネシーにも寿司屋はある。和食屋もある。鉄火丼くらいならばスーパーでマグロ買ってきて自分ちで作れる。だが、あの牛丼の味だけは渇望しても食べられないものなのだった。なまじ日本で頻繁に食べていたものだから始末が悪い。私よりもよりあの味を"魂の味・青春の味"として染み込ませてしまっている我が夫の苦悩たるや、見ていて可哀相になるほどだった。
「牛皿(←御飯がない、牛丼のトッピングだけのやつ)もあるかなぁ……」
「あったらどうするの?」
「ジップロックに入れて、冷凍して、テネシーまで持って帰る……」
だんな、目が本気だ。やめておけ。それは絶対溶けるぞ。腐るぞ。

かくして、
「えー?吉野家なんてもう何年ぶりなんだか……」
と苦笑いする友人Yを連れ、マンハッタンでもとびきり賑やかなタイムズスクウェアに向かう。あのオレンジ色の看板を見つけ(さすがに漢字ではなくローマ字のロゴマークだったけれど)、いそいそと入店するのであった。

牛丼は「Beef Bowl」という商品名。レギュラーサイズとラージサイズがあり、前者は発泡スチロール製のロゴ入りどんぶり、後者は四角いドギーバッグ状の容器に詰めてくれる。牛丼と並んで「Teriyaki Chicken Bowl」と「Combo Bowl」なる牛丼とテリヤキ丼のミックス丼なんかもあったり。サラダや味噌汁、グリーンティーなどもちゃんとあった。さすがにグリーンティーは無料じゃない。

ニューヨークだねぇ……ちょっとだけペショついた御飯は、煮汁が多めの"汁だく"状態。ひらひらの薄切り牛肉はなんだかちょっと大きめで玉ねぎが少なめだったけれど、味は吉野家そのまんまだった。ラージサイズ牛丼、かなりボリュームたっぷりだ。だんな曰く、
「ラージサイズビーフボウル、肉は日本の"特盛"より多め。だが、その代わり御飯はちょっと少なめという諸刃の剣……」
だ、そうである。ともあれ、あの牛丼の味にやっと巡り会えた私たち。もう涙ぐんでいるのである。アホである。

「ああ……やっとニューヨークに来たっていう実感が沸いてきたよ」
「感動だよ、感動の味だよ」
と、モハモハ言いながら家族全員で牛丼を食べる様を、友人Yは
「ニューヨークに来て、いきなり吉野家に来て感動している人なんて初めて見たわ……」
と呆れているのであった。すまん、これ喰ったらちゃんとニューヨーク味を満喫するからさ。

吉牛の後は、寒風吹きすさび日も暮れゆく中、そのニューヨークの町並みっぷりをちょっとだけ満喫。
「ほらほらー、あのネオンね、ウチの会社が作ったのー♪あのグラデーションとか発色がね、綺麗でしょー?」
という友人Yの仕事内容、長いこと友人やってる割には今ひとつ把握できていない私である。

Times Square 「YOSHINOYA」にて
Beef Bowl (Large)
MIso-Soup
Green Tea
$4.99
$1.29
$0.89

高いけど面白いけど高い〜「DEAN & DELUCA」

今日、お世話になるのは友人Yの家。
「日曜日のアムトラックに合わせて出発するんだけど、渋滞が不安だから1日早く出ようと思って……で、もしも土曜にニューヨークに到着しちゃったら一晩泊めてくれる?」
とお願いしておいて、本当に土曜日(しかも昼過ぎという早い時間)に到着しちゃったのだった。地下鉄に乗り、Yの住むマンションへ。道中、彼女オススメのチーズケーキがあるという高級食材屋「DEAN & DELUCA」に寄ってみることになった。

どれもこれもオイシソー

ノリとしては「明治屋」とか「紀伊国屋」とか、そんなところだろうか。オリジナルブランドのロゴ入りチョコやコーヒーやハーブなどもあるし、町の美味しいパン屋やドーナツ屋さんの商品も扱っている。店を入るとピカピカに光った果物や野菜が並び(生のポルチーニ茸を見つけ、絶対買って帰ってやろうと誓ったのだった)、肉や魚も、まぁなんて美味しそう。……でも、どれもこれもお値段は高めだ。
「もうね、"ここに売ってるってだけで4割増しの値段"って感じ?」
と、苦笑しながらY。和食器から中国茶器まで扱っているけれど、どれもものすごく高値だった。こういう店が大好きな私は、土曜の夕方で混雑しまくっている店内で目がハートだ。

ターキーターキーケーキ売場もまた、煌びやか。装飾過多ではない、適度にシンプルなケーキがホールは20ドル前後、1カットは3ドルほどで売られている。ライムパイもフルーツタルトもそれはそれは美味しそうだけど(実際美味しいらしい)、Yのお勧めはなんといっても「Soho Cheesecake」なのだとか。さっそく人数分買い求め、今日のデザートと決まったのだった。

生菓子だけでなく、パウンドケーキやクッキーなども充実している。
現在はサンクスギビング前ということで、ターキー模様のカップケーキなども並んでいた。渋い色合いでオレンジや緑に装飾されたターキーは、上から見ると見事なまでにターキーの姿形になっている。1個5ドルという値段はやっぱり高いと思ったけれど、「喰ってみてぇ……」とおもわず呟いてしまうのだった。

ホール食いしてもいいですかー?チーズケーキは、この日の夜11時過ぎ、Yとほぼ2人でワインを1本空にした後、皆で食べた。
フォークを刺した一瞬はふわん、と感じるけれど、軟弱じゃなくかなりどっしりした生地だ。小麦粉とチーズと卵で正直に焼き上げたような目の細かさがある。スフレっぽい舌触りのふわふわケーキも嫌いではないけれど、チーズケーキは詰まったタイプ(でも固すぎはイヤ)が好きな私は、このケーキに一口目からハートを鷲掴みにされてしまった。うまい、うまいよ。そう、こういうケーキが食べたくて私はニューヨークに来たんだよ、という感じ。甘さも強すぎず弱すぎず、口の中で溶けるようでいて充実感たっぷりで、ごくごく若干ねっとりともしている。
これは、また買いに行かなければならぬ。美味しかったぁ。

辛旨タイ飯デリバリー〜「Montien」

寒い寒いと聞いていたけど、"コート着込むとちょっと暑いかな"といった気温の今日のニューヨーク。だが、風が強く、その風が冷たく乾燥しまくっていてそれが寒さを助長する。あまり元気に外を歩きたくはない気候だった。

辛くて旨くてビールがすすむY宅マンションのそばにあるスーパーでビールを買い、倉庫的内装の安売り酒屋でワインなどを買い込んだ後はYの家でごろごろごろ。
「えー?この人のCD全部持ってるのっ!? 焼かせてっ!」
とCDをコピーしてみたり、
「えええー?なんでこの漫画の新刊がここにあるのっ!? 読ませてっ!」
と漫画を読んでみたり、しまいにはテレビでフジテレビものを流し始めてしまい(←ニューヨークでは、あるチャンネルがえんえんと日本もの番組を流しているのだそうだ……)、"日本を感じるためにニューヨークに来ました"みたいな展開になってきた。

遅めの昼食がさすがに胃に響いていたので、夕食は外食せずにデリバリーもので済ませることに。以前から
「ウチに遊びに来る人には、どうしてもこの店のこの料理を食べてもらわなきゃいけない!ていうのがあってー」
とYに聞いていたタイ料理屋のデリバリーを頼むことになった。デリバリー専門店というわけではなく、デリバリーもやってくれる普通のタイ料理屋さん、なのだとか。英語のメニューを「これって、何よ?」と首をかしげつつ、食べたいものをあれこれ注文。20分ほどして、紙袋に詰まったプラスチック容器入りおかずがどっさり届いた。お洒落なYの居住空間が、一瞬にしてアジアな匂いで充満する。

頼んだものは、こんな感じ。

Satay
grilled chicken or beef served with peanut sauce and cucumber salad
牛肉のサテ。薄切り牛肉がうねうねと竹串に刺さり、ほんのりスパイスが効いたそれに甘辛いピーナッツソースをつけつつ食べる。キュウリの甘酸っぱいサラダ(というかソース)つき。ビールが似合う〜。

Fried Spring Roll
vegetable and glass noodles served with plum sauce
揚げ春巻。春雨や野菜が中に詰まっていて、具の感じは中華のそれとあんまり変わらない。杏味の甘酸っぱいタレつきで、春巻の下には揚げたさつまいも(フライドポテトのさつまいも版)が砂糖をまぶされて敷かれていた。このさつまいもがさりげなく旨い。

Pla Laad Prik
deep-fried whole fish topped with Thai chilli sauce
「whole fish」と書いてあったのに(そしてYが以前注文したときは間違いなく丸魚で来たらしいのに)、何故か一口大になってやってきて魚。味のほどは「……うん、魚丸ごとで来たときのと、一緒」(Y・談)だそうだ。別袋で生のモヤシとライムがやってきて、それを散らしながら食べる。唐辛子がビリリと効いた、甘酸っぱく辛いちょっとこってり系の料理。

Gumg Kai Sub
Yイチオシの、「メニューに載ってない」お勧め料理。クンカイサブ、だの、グンカイサ、だの、そういった発音で言えば通じて持ってきてくれるらしい。が、レシートを見るといつもその料理名の綴りが違うという謎の料理。その実体は、"ひき肉のタイバジルと野菜入りピリ辛炒め"というところ。たっぷり入ったタイバジルが香ばしくてじんわり辛くて、確かにこれは旨かった。白い御飯が紙容器に詰められてついてきたけど、御飯にぶっかけて食べると、もう止まらない。

Pad Thai
rice-stick noodles stir-fried with bean curd, bean sprouts, mixed vegetable and ground peanut
平麺の炒め料理。ローストしたピーナッツを砕いたものが上にパラパラッと散らされていて、厚揚げや野菜などと共にこっくり甘めに炒められた麺が容器にみっちりと。麺に飢えていただんながおおいにハマる。

8時前から飲み喰いはじめ、ビールや白ワインを次々あけながらニューヨークの初めての夜は更けていく。白ワインを平らげた後はしっかりケーキまで食べ、きゃいのきゃいの騒ぎつつ午前1時半に就寝。ソファにだんなが寝て、私と息子は
「だいじょーぶっ布団代わりに使えるわよ。私もベッド、友人から貰うまでこれで1ヶ月生活してたから!」
なる巨大クッション(クッションっつーかミニ布団だよ、あれは……)を借りて床に寝た。合宿みたいね。楽しかった。

East Village 「Montien」からデリバリー
Satay
Fried Spring Roll
Pla Laad Prik
Gumg Kai Sub
Pad Thai
$6.00
$6.00
$9.00
$10.00
$9.00