9月16日(火) マンゴー氷と小龍包、そして公館夜市

はじめての、台湾

ここ1年、台湾の言葉(北京語)で言うところの「美國」で散財してきた私たち。貯金を作るどころか蓄えを使い果たす勢いであちこち飛び歩いていたものだから、「この先3年は節制生活に励まなければなるまい……」なんて言っていたのだった。舌の根乾かぬうちに、帰国から3ヶ月後の2003年9月、台湾旅行とか計画してるし。

きっかけは、7月頃に届いたJALマイレージのお知らせペーパーだった。それによると今年の末に失効してしまうマイルが1万マイル以上も存在し、更には現在使えるマイルが6万マイル以上あるらしい。
「国内旅行、行けるね」
「海外も、近場のアジアなら行けるね」
「下手に国内行くよりは……」
「海外行っちゃった方が、ホテル代とか逆に少なくて済みそうだね」
と、SARSとか台風シーズンであることとかを考えながらも香港はどうだ韓国はどうだと海外旅行に夢馳せ始めた。

台湾もいいね、と言っていたところ、台湾に親戚が住んでいるという友人Mさんのお話を聞いたり、昨年末に台湾に行ったのだという仕事仲間のTさんに
「台湾、良いですよー。昨年ので良かったらガイドブック、お貸ししますよ」
と持ちかけられ、台湾行きに心が揺らぎ、台湾行きに定まった。台湾茶と小龍包の国。ちょっと独特な中華料理と夜市の国。当初の予定は3泊4日だったのだけど、調べれば調べるほど腰を据えたくなってしまい、結局4泊5日の旅程になった。マイレージとの引き替えの特典航空券でのフライトに、インターネットで直接予約したホテル。代理店も噛んでなく、ゆえにツアーとは無縁の今回も気ままな旅になった。

JAA便、午前10時半出発の12時半着(時差が1時間あるので、飛行時間は3時間ほど)。半端な時間だったけれど、機内食はしっかりと出た。大人用のは「牛肉のすき焼き風、御飯添え」にハムやチーズの盛り合わせ、ポテトサラダときつねうどん。きな粉の味の洋風ケーキと抹茶葛団子。「所詮は機内食」な味ではあるけど、さりげなく進歩していってるなぁ……と乗るたびにちょっとだけ驚いている。それに、息子用に事前予約しておいたチャイルドミールが今日もとても美味しそう。オムライスにフライドポテト、にんじんのグラッセにうさぎ型のポテトサラダ。やけに美味しかったミルクババロアとフルーツの盛り合わせ。うさぎの絵柄がジャムで描かれている小さなメロンパンに、小袋入りの「きのこの山」。ううう、なんだかとっても美味しそう。

スィートだけど2800元〜「台北市中華基督教青年會國際賓館」

成田空港のセキュリティ強化のせいで定時に離陸できず、台湾の到着は約30分遅れ。更に入国手続きも長蛇の列に悩まされ、バスに乗って台北市内に向かう頃には午後1時半を過ぎていた。空港から市内への移動には電車はなく、バス利用が主なものになる。「台湾汽車客運 國光号」(公営バス)の「台北車站」行きは大人1人110元。400円というところだ。少しばかり渋滞気味の部分もありつつ、高速道路をぶいぶい飛ばして台北車站まで約1時間。緑深き丘を越えると、古めかしい建物と高層マンションが林立する台北市内に突入した。

バスから眺めて興味深かったのは集合住宅の民家の窓。窓という窓には色々なデザインの鉄格子が嵌められていた。建物に元々ついていたといった風ではなく、入居した人がいかにも後からつけました的な、バラバラのもの。洒落たものは出窓風になってカーテンがついていたり、横棒と縦棒がシンプルに噛みあった、文字通りの「鉄格子」なものもある。どこかアールデコ調な綺麗な円弧の模様がついているものもある。その格子、突き出た部分に植木などを置いている家もあれば、クーラーの室外機を置いている家もある。何も置いていない家もたくさんある。鳥の侵入とか人の侵入とかその他の侵入を防ぎたいものなのか(でも、虫は余裕で素通りできちゃう)、それとも単に物置としての機能を期待されているのか、目隠しにしては頼りないし……と、ちょっと謎。どうも泥棒避けらしいのだけど、でも、人なんて絶対上れそうにないツルツル壁面の集合住宅にもその鉄格子はもりもりと生えてきていて不思議な光景。デザインがたくさんあるのもこれまた不思議。

台北駅前の降車場で降りたとたんに、怪しげな風貌のタクシー運転手がわらわらと寄ってきて乗っていかないかと声をかける。ぼったくりタクシーもそこそこ多いという台北、中でも極めつけに「要注意」な運転手がここに集まっている、という風情だ。これには絶対乗らないぞ、と決意も固くスーツケースをがらごろ引きずってホテルに歩いて向かうことにした。距離はせいぜい300mほどしかなさそうだったし。

台湾滞在中、4泊連続宿泊していたのは「台北市中華基督教青年會國際賓館」。漢字で書くとすごいけど、要するに「YMCAホテル」だ。香港で宿泊したYMCAホテルがかなり快適で安価だったため味をしめ、ここに泊まることにしたのだった。1泊たったの1600元(5600円くらい)からあり、スィートルームに宿泊しても2500元(9000円弱)だ。立地もなかなか良さそうということもここを選んだ要因だったのだけれど、実際お得で便利な宿だった。次もきっとここに泊まっちゃうだろう、と思いたくなるほど気に入ったし快適だった。

地下鉄が2本交差するターミナル駅である「台北車站」の地上出口からほんの200mくらい。鉄道駅もここにあるので、ノリとしては東京駅みたいな感じだろうか。ホテル近隣は予備校街になっていて、学生向けの安い飲食店も数多い。がやがやざわざわとした空気が一日中漂っているけど、治安が悪いということもない。三越デパートがすぐ隣のブロックにあったりして。

なんだかすごい光景……

宿泊した部屋は、このホテルで一番広い部屋にあたる「スィートA」。大人2人に子供1人ということで、2人用価格の2800元に色々プラスされるのかと思っていたのだけど、
「この部屋、1泊2500元ねー。タックスは10%。でもお子さんが一緒だから、10%割引になるわ。で、あとはエクストラベッドが300元プラスよ」
とカウンターで言われ、結局1泊はちょうど2800元(1万円くらい)ということになった。んまぁお安い。最上階の10階の鍵を渡され(各階に1ヶ所、このスィートAの部屋は存在しているらしかった)、部屋に入ってみる。

調度品は、ごくごく普通というか、けっこうチープな感じ。8畳ほどの広さのリビングルーム、1人がけのソファが2つにサイドテーブルを含んだテーブルが3つ。ソファは既に3つめのベッドとしてセッティングされている。小さなテレビと、空の冷蔵庫つき。ちゃんと壁とドアで仕切られている寝室にはシングルベッドが2つ並び、ライティングデスクも備え付けのがある。バスルームは小さめだけど、しっかり清潔。広さが何よりありがたいし、冷蔵庫の存在も嬉しい。ホテル内にはコインランドリーもあって、おかげで滞在中、汗に濡れた服を一日に何度も着替えることができた。

難点はシャワーの出がかなり悪いこと(でもお湯が水になったりはしないし、時間はかかるけど湯船にお湯も溜められる)と、「キーを壁のスイッチに差さなければ部屋の電気がつかない」こと。冷蔵庫は常時運転してくれてるけど、クーラーと照明はキー(かなりごつめの鍵なので、部屋をあけるときにはロビーに預けなければならない)がなければ動かないということになる。んでもって、部屋は、泣けるほど蒸し暑かった。窓も大きく、外の熱気が窓からすぐに伝わってくる。外から帰ってきてクーラーをつけても、30分ほどは「これならエレベーターホールにいる方がまし」という暑さと戦わなければならず、9月であっても毎日の気温が軽く33度はある台北で、これはかなり苦しいことだ。子供も一緒ということもあって"午前中3時間外出したら2時間ホテルで休憩"とか"夜の外出前に昼過ぎは3時間部屋に滞在"なんてことは度々なので、ちょこちょこ外出するたびに蒸し暑い部屋に帰ることはかなりつらいことだった。

……で、半日で耐えかねて、翌日の朝にちょっと細工してしまった。スイッチ部分をいじくってクーラーだけは常時運転できるようにして(ホテルさんすみませんごめんなさい。でもあの環境じゃ茹で人になっちゃいます、マジで)、チェックアウト時にはまた元通りに。かくして、このホテルで感じた不便はお湯の出だけだということになったのだった。

窓からの眺めは、何やらなかなかのもの。観察していると「ビルの上にほったて小屋を建て、そこに人が住んでいる」ということがザラな台湾なのだけど、その「ビル屋上生活」がホテルの部屋から子細に眺めることができてしまった。6階建てほどのビルの上の光景のはずなのに、その光景は普通の住宅街と変わらない風情。給湯器のタンクなどが並ぶ脇には小さな家が立ち、洗濯物がひらひらしていたりするのだ。

ドイツ人おっちゃんと甘いプーアル茶〜「沁園」

ホテルにチェックインして一息ついたら、なんだかお腹が空き始めちゃったのである。
「夕飯には早いけどー」
「ぷらぷらしましょう」
と、ホテル近くの大通りからタクシーに乗って東南エリア、小龍包の有名店「鼎泰豐」のあるあたりに連れていってもらった。地下鉄で行くにはちょっとばかり不便なエリア。タクシーは安いわよー、と聞いていたので試しに乗ってみたのだけど、初乗りがたったの70元(250円くらい)。市内をちょこちょこ乗るくらいなら100元超えることはめったになく、ゆえに300円程度でちゃかちゃか走ってくれるのでありがたい存在だった。大量に走っているからすぐにつかまるし。

ただ、やはりぼったくりタクシーは面倒だ。車の脇に立って客待ちしてるタクシーとか(慣れ慣れしく話しかけてくるのは特にイヤ〜な予感)、観光地や有名店の前で「観光客が来ないかなぁ」的オーラを発している運ちゃんにはなるたけ近寄らないように、できるだけ流しのタクシーを、しかもなるたけ綺麗なものをつかまえるようにしてみた。それが功を奏したのかどうかはわからないけど、5回以上は滞在中に乗ったタクシー、一度もぼったくられずに済んだみたいだ。やれやれだ。

まずは信義路二段、「鼎泰豐」と同じ通り沿いにある「興華名茶」という台湾茶及び茶器を扱うお店に。品揃えは悪くなさそうだったけど、今ひとつピンとくるものがなく、続いてプーアル茶専門店の「沁園」に。広くはない店内、6畳ほどの小さな空間の棚に茶葉と茶器がちょこちょこと並び、中央にはででんと大きなテーブルがある。先客が2人いて、店の主人と話しながらお茶を飲んでいた。お茶器が可愛いなー、と眺めていると、ご主人が流暢な日本語で
「お茶、飲んでいきますか?」
と声をかけてくれ、で、しばし先客の2人と一緒にお茶をいただくことに。店のご主人は、プーアル茶で良い感じに人生のアクとか脂っけとかが抜けちゃったような、飄飄とした雰囲気の人。
シンプルだけど繊細な茶器

「これはね、昨日のお茶なの。でも美味しいでしょ?大丈夫なの、このお茶はね、大丈夫よ」
と、数杯。更に茶葉を変えてもらって数杯。くっぴくっぴと何杯もいただいてしまった。先客とご主人は北京語でずっと会話をしているのだけど、先客の男女2人組のうちの1人は金髪碧眼の大柄なおっちゃん。
「息子さん、可愛いね。ハンサムだ。お父さんに似てるけど、ずっとナイスガイだ」
英語で話しかけられ、英語で少々会話したのだけど、彼はなんとドイツ人だそうで。台湾に住んでもう18年だという彼の流暢な北京語に心底びっくりしてしまいつつ、北京語と日本語と英語が交わされる不思議な空間を楽しんだ。ご主人は時折日本語で話しかけてくれるのだけど、
「プーアルの保存法。密閉しちゃダメ。こういうふうにね、外に出しておく。これで大丈夫」
と、竹籠にむき出して積まれた茶葉を見せてくれたりと、その内容は驚いちゃうようなものだったりして。

いただいたお茶は20年もののプーアル茶だそうで、とろんと甘く深い香りがたまらなく豊かなものだった。これまでプーアル茶を
「このカビ臭さがたまらないのよね」
「このえぐみみたいなものがまた美味しいのよね」
なんて思いながら飲んでいたのだけど、そんな表現をしていた事が申し訳なくなっちゃうような、深く深く甘い味。果物でも味わっているかのようなとろりとした甘さが驚きだった。1包み800元だというその茶葉が心底欲しかったのだけど、そんな茶葉は自分にはもったいない、という思いも。さりげなく美味しいお茶を淹れてくれるご主人みたいな技量もあるはずなくて、気に入った茶杯と茶托をいただいていくことにした。1つ60元、約200円の茶杯は、模様も何もない真っ白なもの。器の底に店名のロゴが入っている。縁が薄く透けるようで、飲み口の口当たりもなかなか良さそうだ。"おとっとき"というほどの繊細さもなく、「手頃」という表現がふさわしい茶杯。欲しいなと思っていた茶托もあったので(これまた底にロゴ入り)、これもいくつか。
丁寧にくるんでもらった小さな茶器をぷらぷらさせつつ、次はデザート屋さんにゴー。

東南エリア 「沁園」にてお買い物
茶杯(聞香杯)
茶杯(喝杯)
茶杯托
3×60元
3×60元
3×150元

マンゴプリンより旨いかも……〜「冰館」

空腹気味だったところにプーアル茶を飲んでしまって胃袋をたぽたぽさせながら、更にたぽたぽさせるような場所に向かってしまう。
広くはないエリアにお茶屋さんや美味しそうな飲食店がぎゅっと詰まっているこの一角、めちゃめちゃ気になっていたお店が「冰館」だった。「マンゴー氷」なるメニューで有名なお店だ。昼過ぎて何人ものお客が巨大なかき氷と格闘しているのが見えて、すぐにこの店はみつかった。

店頭には何枚か写真入りメニューが飾られ、そこには日本語で注釈も入っていたり。かき氷にも色々種類がありそうだけど、やはりここは「マンゴー氷」を食べねばなるまい。「超級芒果牛[女乃][包リ]冰」という品名の下には「人気商品」の文字もあり、その下には更に「マンゴーかき氷練乳がけスペシャル」の日本語も添えられていた。やっぱりスペシャルよね、スペシャルじゃなきゃね、なんて言いながら1皿注文。周囲のお客が抱えている皿はいかにも大きく、1人1皿はなかなか困難な戦いになると思われた。で、3人で1皿。
すっごい迫力……

オレンジ色のテーブルにオレンジ色のかき氷が置かれるものだから、卓上から目をそらすと途端に目がチカチカしてくる感じ。かき氷皿とはとても言えないような、シチュー皿ともカレー皿という方がしっくりくる巨大な皿にはかき氷がたっぷりと入り、コンデンスミルクがかけられている。それを埋め尽くすかのように、ざくざくと大量のマンゴー果肉がソースと共にこれでもかこれでもかとトッピングされ、頂上には絶妙のバランスで大きなマンゴーアイスクリームが1すくい。もう大変なことになっている。写真でそれを見たことはあったけれど、実際目の前に出てくると
「どっしぇー」とか
「ひぇー」とか、
「うぉー」とか、
よくわからない声を発してしまう。スプーンがしっかり3本刺さっていて、1人1本のスプーンを操りつつ3方向からわしわしとマンゴー氷を堪能した。

マンゴー果肉は甘く柔らかく香り豊か。酸味はほとんどなく、上品な甘さがそこら中に漂っている。しかもコンデンスミルクとの相性もすんばらしくよろしい。上に乗るアイスは、マンゴーを凍らせて滑らかにしたかのような濃厚なマンゴー味のもので、ほんのりと繊維質が感じられるところもまた自然な風味。マンゴーのねっとり感が広がる脇で、口中では練乳風味のかき氷がシャリシャリと溶けていく。

中華料理のデザートというか飲茶メニューとして有名な「マンゴープリン」。香港ではこれ以上なくメジャーなデザートなのだけど、同じ中華料理圏であっても何故か台湾にはマンゴープリンはさほど広まっていない様子だ。飲茶屋さんにはあるようだけれど、それ以外には実際ほとんど見かけなかった。マンゴーデザートは、このマンゴーかき氷をはじめとして、マンゴー牛乳なども人気があるみたい。でもマンゴープリンは見かけない。そもそも「プリン」なるものがそれほど馴染みのあるものではないようで。

なんでだろー?と台湾に来るまでは思っていたのだけど、なんとなく納得できる気がした。何しろ台湾、蒸し暑い。香港も蒸し暑さには引けを取らないのだけど、香港の方が「冷房ガンガン効いた屋内で料理を食べる」店舗が多いし、そういう環境に恵まれている気がする。台湾にもその手の"屋内冷房ガンガン系"レストランは大量にあるのだけど、それ以上に人気があるのが半露天もしくは完全に露天の店のようだった。人々は青空見える屋外の席、もしくは壁のない吹き抜けの店内で飲み食いし、あるいは屋台で購入した食べ物を歩き食いしている。汗まみれになりながら飲み食いするにはガツンと冷たいかき氷とか、ぐいぐい飲めるドリンク類の方が実際ありがたいものだから、この気候と環境にこのデザートはすごく似合うのだなぁと実感することになった。

あー、しかしマンゴーかき氷、美味しいよ。汗まみれになって歩いている今、絶品のマンゴープリンと絶品のマンゴーかき氷を目の前に出されたらかき氷に手を伸ばしてしまうだろうなと想像してしまうほど、ハマる味だった。
激しく「お代わり」の欲望に後ろ髪を引かれながら、そこから徒歩2分の小龍包屋さんに向かう。

東南エリア 「冰館」にて
超級芒果牛[女乃][包リ]冰
130元

さすが本家!の美味小龍包〜「鼎泰豐」

「小龍包と言えばここ!」と言われているのが、有名店「鼎泰豐」。
日本にも新宿高島屋の中にオープンし、その他名古屋高島屋とか横浜高島屋などに勢力を広げつつある。いつ行ってもお客で混雑している(どころか行列している)人気の店だ。台湾に小龍包の美味しいと評される店は数あれど、「やっぱりここは外せない」というのが定説らしい。他の店の評価も「鼎泰豐よりは皮が厚く」とか「鼎泰豐よりスープが云々」と、鼎泰豐を基準に語られている感があり、「だったらやっぱり行ってみなくちゃー」と向かったのだった。時間は午後4時過ぎ。手元の資料によると、夜の営業は4時半からなのだそうで、「まだ開いてなかったら近くのお店を覗いているとかすればいいや」と、店の前に向かってみたのだった。

お店はあっさり、営業中。
「いらっしゃいませー」
とナチュラルな日本語で店員さんに二階に誘われてしまった。階段に貼られていた紙を見たところ、「御好評にお応えして、昼の休みをなくして連続営業を始めました〜」なんて事が書いてある。最近になってぶっ通し営業に切り替えたらしい。

直径50cmはありそうな、大きな蒸籠に納められてやってくる小龍包は10個入って170元。追加注文してもすぐにやってくるということだったので、とりあえずは1蒸籠注文し、あとはビール。「ぼくはね、おまんじゅうじゃなくて、チャーハンが食べたいなんだよー」という息子に卵炒飯を1つ取ってやり、まず最初にやってきたその炒飯を軽くつつきつつビールを傾ける。

200円弱という、手頃な値段のシンプルな卵炒飯は、きっちり1人前くらいの分量だった。炒め方は悪くなかったのだけど、悲しいほどに化学調味料の味。舌がイヤな感じにピリピリしてきて、
「しょ、小龍包も化学調味料ピリピリってことは、ないよね……」
と半ば不安になりながら1個の蒸籠を待つ私たち。
たぷたぷスープ♪

数分後、ほこほこと湯気のたつ蒸籠がやってきた。蒸籠には薄布が敷かれ、小龍包がくっつかないようになっている。整然と並んだ小龍包は、日本の飲茶屋で注文するそれよりも幾分小ぶりに見えた。小皿に大盛りの針生姜が1人1つやってきて、テーブル上には醤油や黒酢も置かれている。生姜に黒酢をだばだばかけつつ、小龍包に添えて食べていく。半端な時間ということもあってか店内にお客はガラガラで、手持ちぶさたそうな接客のおねぇさんたちがそれはもう頻繁に生姜の小皿の交換やお茶の継ぎ足しに、様子を見がてら近寄ってくる。さほど待たずして蒸かしたての小龍包がガツガツ食べられるのは嬉しいことだ。

小龍包には、驚くほどのスープが詰まっていた。小龍包が蒸籠に並ぶその姿からして、皮の下部にたぷたぷとした"溜まり"ができているのがよく見てとれる。私はかなりの猫舌なので、最初の数個は"レンゲに小龍包乗せて、端を囓ってスープを少量吸い出す→その後ハフハフと一口で平らげる"ということをしていたのだけど、蒸籠も後半になると一口でなんとかいけるように。端からスープを啜っても、口に放り込んだ途端に口中にだばだばと溢れてくるスープがたまらなく幸せ。それだけのスープが詰まっているにも関わらず、皮は不思議とペショついていない。適度な厚さで存在感をさほど感じさせない皮なものだから、胃袋にあまり溜まらずいくらでも食べられそう。

「おいっしーいぃぃぃぃぃ!」
と大騒ぎするようなタイプの味ではないんである。じわりと美味しい。中に詰まる肉もぶりぶりぷりぷりとしたものではなく、比較的淡泊なもの。中に詰まるスープだって、すんごく洗練された天界の味というタイプでもなく、野性味溢れるケダモノ臭漂うものというものでもなく、割と「普通」に美味しいもの。皮だって、そんなにインパクトがあるものじゃない。でも、その、一見無個性な皮と肉とスープがいっしょくたに喉から胃袋に滑り降りていくと、「あ、あ、あ、もう1個もう1個……」と手を伸ばしたくなってしまう美味しさがあった。無言になる。止まらなくなる。
「美味しかったらもっと追加しよう」
とか言っていたくせに、ものの数分で
「あ、あと2蒸籠、追加ね」
と軽やかにオーダーしている私たちだった。

日はまだ高い。「ぎょうざはね、熱いからむずかしいと思うよ……」とひたすら炒飯を平らげていく息子をよそに、だんなと私はビールを酌みかわしながら30個の小龍包を美しく平らげた。困ったことに、これは夕飯じゃなかったようで。おやつだったようで。

東南エリア 「鼎泰豐」にて
蛋炒飯
小龍包
台湾ビール
50元
3×170元
2×100元

でっかいねぇ……〜「中正紀念公園」

でかーいでかーい

台湾散策早々、酔っぱらっている私たち。
「ビール2つ」と頼んだら、それは缶でもジョッキでもなく大瓶だったのが敗因だった。
「大瓶2本、飲んじゃったー」
「なんだか酔っぱらっちゃったー」
と、ぷらぷら歩いて駅を目指す。西側にある駅を目指せば、そこには大きな公園が。「中正紀念公園」だった。蒋介石のメモリアルパークだ。

でっかい門だねー、でっかい建物だねー、とアホみたいに上を見上げながらぽけぽけと歩く。肝心の「中正紀念堂」は現在工事中。「サンダルでは入っちゃだめ」とか色々注意書きのある建物の奥には蒋介石の巨大銅像があったりするようだ。

写真は「國家音楽廳」という建物。これまたどでかい。石垣も赤い柱も、私が想像するスケールの3倍ほどの大きさがある。近々何かイベントがあるのか、広い広場ではコンサートステージのような櫓を建設中だった。周囲では何グループもの鼓笛隊が行進の練習をしていたりもしていて、酔っぱらった頭にはどこか異世界に映る光景が広がっている。

「さっきの小龍包はさ、おやつだよね」
「夕食じゃなくて?」
「夕飯はさ、やっぱり"夜市"に行くでしょー」
初日から飛ばしている。決してビールだけのせいじゃなく。

若者夜市で夜市デビュー〜「公館夜市」

ひとまずホテルに戻って休憩し、日が暮れてから再び街に繰り出すことにした。帰還途中のコンビニ(町中至るところにコンビニが。セブンイレブン、サークルKなんかも多いけど、なんといってもファミリーマートの店舗数はすさまじい。日本並かそれ以上)で牛乳やペットボトル入りのお茶や水を買い込んで部屋の冷蔵庫に放り込む。どのコンビニに入っても、店頭に「おでん」があるのがちょっとした驚きだった。コンビニ中がおでん臭い。しかも、日本のとはちょっと違うおでん臭さが漂っている。

台北市内、夜になるとあちらこちらに「夜市」(イエシー、と読む)が立つ。町中が夜市、みたいな大規模なところもあれば、1本の通り沿い数百メートルに渡って……と、形式は色々。飲食店が中心とか、衣類を扱う店が多いといった傾向もまた色々だ。今日のところは、「夜市ってどんな感じなんだろ」を体験するために、ピークとされる午後9時からの時間帯より数時間前、更にさほど大規模ではなくホテルから近いところがいいね、と「公館夜市」に行ってみることにした。台湾大学近くの夜市ということで、学生さんたちで賑わう若者向けの夜市らしい。

到着したのは午後7時頃。賑わいのピークにはまだ遠く、屋台も営業を始めたばかりといった感じの「夜はこれから」な雰囲気の中を歩くことになった。昼間から営業しているような衣料店もまだまだ営業を続けていて、居並ぶそれらの一般店の隙間を埋めるように食べ物の屋台がちょこちょこと並んでいる。やはり若い人が多い。ちょうど夕食時ということで、屋台や飲食店にも人が集まりつつあるところだった。
この蛍光色がなんとも……

「あれはどんな料理なんだろ」「読み方すらわからないー」と看板を眺めつつ、屋台に並ぶ品と看板とを見比べていく。疲れている身体にはかなりの一撃がくる、すさまじい匂いの屋台もけっこう多い。「ケダモノ臭」と呼ぶにも生ぬるいような、豚1匹の臓物を全部1つの鍋に詰め込んだような、「美味」と「地獄の味」が紙一重なんじゃないかこれは、という印象の濃厚な匂いが漂ってくる。すさまじい匂いの屋台の看板には「麺線」とか「臭豆腐」とか「血腸詰」といった文字が書かれていて、非常に気になるんだけど、非常に勇気も必要とみえる。食べてみたいんだけど、食べたらどうなっちゃうのか、そもそも食べきれるのか、想像もつかない。

おでんのタネ的なものを並べている屋台も多い。私たちの知るおでんの具よりもかなり色は濃いめの茶褐色で、並んでいるものも「鶏の首」とか「鶏の足」とか「豚の足」といったちょっとすごいものも見える。腸詰なんかもあり、テラテラと光る焦げ茶色が食欲をそそる。ゆで卵なんかも、いかにも美味しそうな色に染められていたりして。

わー、すごいすごい、とうきうきして歩き、最初にチャレンジしたのは「金桔檸檬汁」というジュース。「冬瓜汁」とか「西瓜汁」といった、ちょっとばかり奇天烈なドリンクを販売している屋台があちこちに存在していて、中でも「金桔檸檬汁」はかなり多くの店で見かけた。「金桔」はキンカンの事だろう。キンカンとレモンのジュースだったら少しも臆する内容のものではないはずだけど、そのロゴが記されたプラスチック製のタンクは怪しく蛍光黄色に輝いている。蛍光黄色のジュースには、皮つきのキンカンが何個もぷかぷか浮かんでいた。

1つください、と言うと、大きなカップに謎な液体を1匙入れ、更によくわからない何かを1匙入れ、さらにこれとあれを入れ、となにやらかちゃかちゃやっている。そして最後に怪しく輝く黄色の液体が氷入りのプラスチック容器に満たされた。手渡されたものは蛍光黄色ではなく、「薄めのレモンティー」といった風合いのものになっていて、もう何がなんだかどんな飲み物なんですかこれは状態。おっかなびっくり飲んでみたけれど、ちゃんとそれはレモネードのような味。甘さはけっこう強めだけど、なかなか美味しい。レモンの味とは違う、ちょっと渋みも感じられるキンカンの酸味が爽やか。息子が横からがんがん飲んでいく。

公館夜市の屋台で
金桔檸檬汁
30元

ジュースを持って、再びぷらぷら。御飯ものを食べたい気分だったのだけど、屋台でそういったものを出す店は見つけることができず、代わりにけっこう繁盛しているお店をみつけた。オープンエアーというと聞こえは良いけれど、要するに半露天の店。壁がなく、店内と道路の境界が曖昧になった状態で簡素なテーブルと椅子がわちゃわちゃと置かれている。厨房の境界も非常に曖昧で、道路にはみ出したところにビニールで囲いが作られ、そこに大鍋に入った総菜がどかんと置かれていたり洗いものの入った巨大な籠が置かれていたりする。

「うわー、"山越"でうどん受け取った後みたいな光景だー」
「……全然わからないし、それ」
くだらない事を言いながら、まずは注文の仕方とか料理の受け取り方を他のお客を観察して把握する。
「セルフの店の基本は観察から」
「って、香川のうどん屋じゃないんだから……」
いや、でも、こういう店でそういう観察は大事。この店では、籠に入れられた伝票にお客自らが注文内容を記載して、カウンターで渡す仕組になっていた。お勘定は料理と引き替え。お茶はセルフサービス。

焼き豚飯♪ 排骨麺♪

注文したのは、私がチャーシュー丼、だんなが排骨麺。1皿250円程度のくせに、めちゃめちゃ食べ応えがあった。
カレー皿サイズの深皿に御飯がたっぷり入り、上には赤くテラテラと光るチャーシューがどっさりと。副菜なんて大したものはついていないだろう、なんて思っていたのに、炒め物が3種類くらい一緒に盛られていた。こんにゃくを醤油で煮込んだもの、瓜っぽい野菜の炒め、そして豆鼓が効いたかなり辛めの野菜炒め。八角とかクローブといった香辛料の香りがけっこう強く、中華料理ともまた違う味わい。「未知の味」というほどでもないけれど、でも中華料理として食べたことはないような味のものばかり。瓜の炒め物は食べている間に苦みがどんどん強く感じられ、
「……あ、これ、苦瓜なんだ……」
と気づいたりした。後で知ったのだけど、苦瓜は台湾料理で多く利用されている野菜のようだ。

うっすら色のついた黄金色のスープに縮れのない白っぽい麺の入る排骨麺は、排骨が別皿で。カレー風味が強めの骨付き豚の揚げ物は、衣がサクサクカリカリッとした香ばしいもの。麺のスープがかなーりニンニク臭くって、
「にんにく、くさー」
「にんにく、うまー」
「止まらない〜」
と、飯と麺を交換しつつたっぷりと堪能した。チャーシュー丼には甘辛く似た煮込みゆで卵「滷蛋」をつけてもらったのだけど、これがまたスパイス臭ぷんぷんで良い感じ。

無料で飲める冷たいお茶は、困り驚いたことに「甘い中国茶」。紅茶とかではなく、明らかにウーロン茶系の味(でも微妙に香料臭い)なのに、甘味がしっかりついている。一口飲んで「うわぁ!」と思ったのだけど、これはこれで飲めなくはない。私はその昔、ジャワティを「甘くないお茶なんて、飲めない!」なんて思っていたクチなので(今は大好きよジャワティ)、甘い中国茶の存在も理解できる気がする。ペットボトル入りのお茶にも、普通に甘いものが多い。

近くのテーブルには、やけに美形なおにーさんとボーイッシュなおねぇさんが2人で夕食を摂っていたり、家族連れが子供に麺を食べさせていたり。なんだかいい感じ。

公館夜市 「蕭家」にて
紅燒肉飯
滷蛋
排骨麺
70元
5元
70元

数時間前に小龍包30個食べた後だというのにどんぶり飯と揚げ肉入り汁麺とか食べてしまって、すっかり満腹。でも懲りずにまだ買い物している私たち。
焼いてます焼いてます。旨そうです

ぽてぽてと散策していた一角、お客がけっこう入っている小吃屋さんがあった。小皿おかずを供しているお店だ。店頭で牡蠣入り卵焼き、「[虫可]仔煎」を焼いていて、それが無性に美味しそうだった。
「あのお店、美味しそうだったよねぇ〜」
「牡蠣入り卵焼きは、はずせない美味らしいよー」
「今は食べられないけど……」
「ホテルに帰った頃だったらきっと食べられる」
初日から飛ばしまくりなのである。雑多な一角にあったその店に戻り、壁のメニューを「これ、これ」と指さして牡蠣入り卵焼きを作ってもらった。持ち帰るよー、とジェスチャーで伝えると、紙箱に詰めてビニールで包んでくれた。台湾の人、英語が通じちゃう人は日本語がそれ以上に通じちゃって驚く事も多いけれど、日本語が通じない人は英語も通じなかったりする。そうすると筆談およびジェスチャーおよびテレパシーでの意志疎通を図ることになり、かくしてテレパシー技術(どんな技術だか)がちょっとずつ上がっていくような気がしてしまう。

店頭のおねぇさんは、わかったわよーん、という風に鉄板に牡蠣を並べて炒めていく。牡蠣を炒めて脇によけ、中央に粉液を流し入れたら卵を割って軽く崩し、先の牡蠣を乗せ、更に上からレタスを乗せ、更に粉液をかけたりしながらぱたんぱたんと折り畳んで小さくまとめていく。紙箱に詰めたら、とどめとばかりに赤いタレをどっぷりとかけてくれた。うわー、なんだかすごく美味しそう。

公館夜市 「公館小吃」で
[虫可]仔煎
45元

ホテル近くのスタバ(スタバも呆れるくらいあちこちにある……ドトールもある)でコーヒーを買い込み、ホテルに帰ってからその牡蠣入り卵焼きを皆でつつきあった。赤いとろみのあるタレはほんのり辛い甘酢味。作成過程で使う粉液は片栗粉が入っているということで、卵と牡蠣とレタスは白くぷるぷるとした薄い餅皮に包まれている。親指の先ほどの小さな牡蠣がうじゃうじゃと詰まっていて、ちょっとお腹が空いたときなんかには美味しいうえにちょっぴり贅沢気分が味わえそう。

台湾初日は、こうして美味しいものに満たされまくって終了した。
明日も美味しいものに満たされるぞー。台湾最高。