3月1日(金) 池上・竹清・谷川製麺所など

特定の日〜♪旅立ち〜♪

数ヶ月前のことだ。テレビではSMAPを起用したANAのCMが流れまくっていた。
「特定の日〜♪旅立ち〜♪」
というやつだ。事前予約で、週末を含めた特定の数日間が全線1万円になるというやつ。
「これは、高松に行けという神のお告げだ」
「そうそう、"もうアイドルなんてうんざり"だし」
「"このままじゃ2人ともダメになっちゃうよ"だし」
CMのセリフを口にしながら、インターネットでつつがなく予約。朝1番の便で高松に飛び、夕方の便で戻ってくる。スケジュールはハードだけど、うどん屋営業中の時間に現地にいるためにはこうしなければならなかった。
というわけで、「特定の日〜♪旅立ち〜♪」めでたく予約完了。

そして。同じくSMAPの中居くんを使ったCMで「キャッシュバックキャンペーン」なるものもやっていた。
自動発売機での購入、自動チェックイン機でのチェックインの場合に50枚に1枚、全額キャッシュバックの黄色いチケットが出てくるものだ。
「こんなの、当たるわけないんだよ」
とCMのセリフを反芻しつつ、カードを機械に通す。親子3人分、往復2枚の計6枚のチケットがシャコーンと出てきた……ら、1枚が黄色い。間違いなく黄色い。真っ黄色だ。
「でた!でたでたでた!」
「黄色だ!黄色黄色黄色!」
その場でわたわたと思わず騒いでしまう私たち。当たったのはだんなの往路分のチケットだった。カウンターにその券を持っていき、その場でめでたく1万数百円のキャッシュバックを受け取った。
「うどん代、出たかな?」
「いや、それ以上出たでしょう♪」
いきなりの幸運に恵まれたこの旅行。出だしからして良い感じのスタートだ。

飛行機は定刻どおり7時半に羽田を飛び立った。高松までは1時間半くらい。
本当だったら空腹を極めた状態で高松に着きたいところだったけど、我が夫は1年ぶりくらいの車の運転をこれからせねばならなかった。空腹じゃちょっとヤバい、ということで空港内で買ったサンドイッチを機内でがさがさと食べていく。私は卵サンドとハムサンドを息子と分け合って。だんなは好物の「万かつサンド」を発見して御機嫌な様子だ。朝からかつサンド喰うんかい!と心中突っ込みつつ、それでも2切れ貰ってみたり。
綺麗な雲海が広がる窓の外、飛行機は富士山のすぐ脇を通過した。
「わ!綺麗!」
「きれいきれいきれい!」
と窓にへばりついて写真撮影。なんだか前にも同じことをやっていたような気がするけど、気にしない。

富士山だ富士山だ富士山だ

さて、飛行機は無事に9時前、高松空港に到着。レンタカーの手続きもスムーズに終わり、9時15分頃には車に乗ってうどん屋巡りに出発できた。さー、喰うぞー、とにかく喰うぞー。

黒のどんぶりは超ビッグ〜高松市「中西」

今日最大の目的地は「竹清」だ。半熟卵の天ぷらがあるというそこを、だんなは前回から「行きたい行きたいここに行きたい」と宣言していた。が、土日は休業なのである。更に、平日であっても午後2時半には閉まるのである。他の目的地をかなぐり捨てて向かわないと、なかなか食べられない店なのであった。とにかく今日は、ここに行く。それが第一の目標だった。

が、今日は首尾が良すぎた。10時半開店のこの店に、10時に到着しまう勢いだ。しょうがないので、先に1軒行ってみることにする。ちょうど通り道にある「中西」を目指してみた。なんでも、最初に取ったどんぶりによって玉数が決まる店なのだとか。そいでもって、そこそこ美味しいらしい。

順調に、でっかい「うどんのなかにし」の看板を発見して駐車場に滑り込む。40人くらいは入れそうな、客席が広いうどん屋だ。カウンターには確かに3種類のどんぶりが重ねられている。青い丼は1玉用、緑は2玉、黒は3玉、らしい。青い丼を手にとって、「ください〜」と声をかける。
「はーい、今茹でてるから、ちょっと待っててね」
おお、いきなり茹でたて!ちょっと嬉しい。(タイミングによっては、茹でて水で締めたうどんが並べられていて、それをもう一度ゆがいて出されたりするのが普通)
できる間に、小皿にちくわ天を1つ取り、お茶を入れておいたりする。奥では茹で上がったらしいうどんが、流水でじゃばじゃば洗われているところだった。ほどなく、カウンターから「おまちどぉさまー」という声が。どんぶりに入ったうどんを受け取り、離れたところにある台にて、自分でゆがく。同じ台にある温かいだしをかけ、葱と天かす乗せたらテーブルへ。

「中西」のうどんつる〜んとした、伸びのいい麺だ。温めた分、シコシコとした締まった歯ごたえは薄いものの、滑らかでつやつやとしたなかなか美味しい麺だった。いりこだしも、良い感じ。
関東ではあたりまえの「鰹と昆布のだし」とは全く違う、磯臭さもある独特の風味のいりこだしは、讃岐うどんには必須のものだ。いりこだしは独特の風味の中にほんのりとした甘さすら感じられ、綺麗に透き通っただしは一見薄味そうで、その実しっかりとした味がある。店によって微妙に違うそのだしの味が、またうどんを引き立ててくれる。この店のも「最高!」というにはちと物足りないけど、讃岐へやってきた実感を得るには充分な味だった。
「あああ〜、いりこだしいりこだし」
「そうそう、これこれこの味この味」
「さぬきだぁ……」
天井を仰いで讃岐にやってきた悦びにぼへ〜っと惚ける私たち。ちょっと怪しい。

私たちの隣のテーブルには、作業服を着たおっちゃんが、どっかと黒いどんぶりを持ってテーブルに着くところだった。黒といえば、3玉だ。どんぶりはいかにも巨大で、中にはなみなみとうどんとだしが入っていた。上には1個の大きな天ぷら。素っ気ない態度でぞるぞるとうどんを啜りだしたおっちゃんを見て、「ああ、香川だ……」とまた感慨を新たにしたのであった。「1玉」「2玉」と数えるところからして、そもそも関東の文化圏とはまったく異なっているのである。すごいわぁ。

高松市「中西うどん」にて

ちくわ天
2×180円
80円

嗚呼おばあちゃん、嗚呼おばあちゃん〜高松市「池上」

タイミング良く、「中西」を出て車を走らせると「竹清」開店直後に店の前、という状況になった。
いそいそと車を止め、店に入ろうとすると扉を開ける寸前に中からおばちゃんがぬっ、と出てきて
「あと40分かかるのー。ごめんねー」
とのこと。仕方がない。その場で待つ愚行は避けねばならない。時間は逃げないけど、うどん屋の営業時間は確実に逃げていく。急ぎ別のうどん屋を目指すことに。

こんなものが、壁に……で、向かったのは、同じく市内の「池上」というところ。町の外れでちょっと距離はあるけれど、ぜひ行ってみて欲しい、と噂を聞いていた店である。何しろおばあちゃんがステキらしい。うどんも旨いが、そのロケーションとおばちゃんがもう最高らしいのだった。
県道から脇道に入った、車も入りそうにない細い小道沿いにその店はあった。営業時間はものすごくシビアだ。10時50分頃から11時40分頃、そして16時50分頃から17時30分頃。午前と午後、1時間弱ずつしかやっていないのだ。
車を走らせたらちょっと時間が余ってしまい、すぐそばのマーケットに車を止めてジュースやいりこだしなどをお買物。トイレも拝借し、車はそこに止めたまま店に行ってみたのだった。

「こ、この道入るのかな?」
「あ、奥にセイロが積んである!あそこだ〜」
看板はない。のれんもない。製麺所うどん屋にはそういうところが多い。「うどん」の3文字があれば良いほうで、何もないところもある。そういうときは、その建物から上がってくる湯気だとか、店先に置いてあるセイロだとかスダレだとかで判断しなければならない。が、この店、セイロもあったが、おばあちゃんもあった(いや、"いた")。店らしき前に、ぽてっとおばあちゃんが、立っている。にこにこしている。

「うどん、たべてくぅ?」
ああ!これが噂のおばあちゃん!
「食べます食べます!」
「食べに来たんです!」
駆け寄ると、
「これね、あたしンち」
とこれまたニコニコしながらほったて小屋にいざなわれた。「おいでおいで」と案内される店先にはどこかで拾ってきたようなテーブルと椅子が。中にもそんな感じのテーブルと椅子とベンチがこちゃっと置かれていた。
「ほら、そこ、座ってねぇ。なんにもないけど、ゆっくりしておいでね」
おばあちゃん、ごっつぅ、フレンドリーだ。馴れ馴れしいとかそういうんじゃなく、その声を聞いて笑顔を見たら、相対した人全員がへなへなと力を抜かしてしまいそうな、それはそれは独特の雰囲気を持ったあったかいおばあちゃんなのであった。

うどん、作ってます

「ぬくいんな?つめたいんな?」
と聞かれ、じゃあ両方を1つずつ、と注文。1玉65円なり。冷蔵庫に入っている生卵を使うと30円追加。呆れるほど安かった。
壁には「うどん1玉65エン」と書かれた紙がくっついていた。「1 65 2 130……」と20玉まで表になっている。基本的には、近所にうどん玉を卸している店のようだ。奥では、年代物っぽいうどん切り機が続々と次のうどんを切っているところだった。茹でたて、といった感じの麺が2つ、「はい、どうぞ」と出てきた。

「池上」のうどん。美味しい〜〜〜♪ピシーッと引き締まっている。ピカピカと光っている。テーブルの上のだし醤油をちゃちゃちゃっとかけて、葱をかけて食べる。それだけなのに、涙ちょちょぎれそうなほど美味しかった。キュキュキューッと歯に吸いついてきそうな滑らかな麺は、でもコシや喉ごしも素晴らしく心地よい。どこか優しい味わいもあるうどんは、いくらでも食べられそうな感じがした。
この店の名物はおばあちゃんが一番かもしれないけれど、うどんも超絶に素晴らしかった。喰い歩くのを辞めて、ここで3玉くらい喰っていこうかと本気で考えてしまったくらい、旨かった。

「あれまぁ、ぼくはお父さん似かねぇ〜?」「いっぱいたべなさいよ」
おばあちゃんは相変わらずにこにこと話しかけてくる。なんかもう、これまでの人生の悪事を全部懺悔したくなってくるようなおばあちゃんなのであった。奥では相変わらずうどん切り機が動き、うどんが茹でられている。昭和40年代あたりから、いや、もっと前から変わってないんじゃないかと思えるような光景だった。
全体的にふにゃふにゃになりながら、次の店へ。いいわぁ、「池上」。

高松市「池上」にて
1玉
2×65円

半熟卵天、万歳〜高松市「竹清」

「池上」に強く強く後ろ髪を惹かれつつ、いよいよ「竹清」。時間も11時を過ぎて、ちらちらとサラリーマンらしき人々も訪れつつある店内は、かなりの混みようだった。
とにかく、天ぷらがすごい店なのであるらしい。おばちゃんが、リクエストがあれば何でも揚げちゃうらしい。その揚げ鍋は店頭のガラス張りのコーナーにあり外から揚げている様が良く見えるという、うどん屋なんだか天ぷら屋なんだか良くわからない、といった風情の店なのであった。

本来は、注文を取ってから揚げたり、注文用紙に揚げてもらいたい具を記載して頼んだり、と、天ぷらの注文の仕方は色々あるらしい。が、ラッシュ時間を前にして、カウンターには既に揚げられたブツが累々と積み上がっていた。小皿に好きな天ぷらを取り、「1玉ください」とどんぶりにうどん玉を入れてもらい、あとは自分でゆがくなり薬味かけるなりする。
噂の「半熟卵天」は外せない。天ぷらが並ぶトレイを見ると、丸くて白っぽいブツがあったので、すぐにわかった。息子の分も合わせて3個の卵天を取り、「小」を2つ、別台にでゆがき、葱や天かすを乗せてくる。

「竹清」のうどん。乗ってるのは、卵じゃなくてただの天かす。うどんは、まぁ普通というか普通に美味しいというか。目の中に星が飛ぶほど美味しいうどんではないけれど、十二分に美味しいものだ。コシもあるし伸びもあるし、もちもちっとした歯ごたえもある。だしは比較的さっぱりめ。
しかし、半熟卵天は確かにすごく旨かった。卵天はもとより、天かすからして、ベトッとしてない。衣はカラッとしていて油っこくなく、歯触りはサクサクと心地よい。卵についている衣も綺麗な黄金色で、さくさくホロホロの歯触り。その中には黄身が良い具合に半熟の卵が1個丸々入っているのだった。囓ると中から黄身がとろんとこぼれてくる。火の通り具合がなんとも良い感じで、うどんに乗せて食べた日にはだしに黄身と油が溶けて甘くコクが出てきて未知の領域に突入してしまうという感じだ。

美味しい美味しいと言っている天ぷらだけど、そりゃ銀座あたりで1万円とか払って目の前で揚げてもらうようなものを想像していると当然違うものではある。どちらかというと、スーパーの総菜売場にてセルフサービス式で売られているような100円均一天ぷらの仲間だ。衣がもっさりしていてべちゃっとしていて美味しくないところも少なくない。でも、100円なのに、冷めているのに、サクッとしていてほろっとしていていくらでも食べられてしまいそうな天ぷらがあったりするから侮れないのだ。しかもそれが妙にうどんには似合うわけで。

ここから派生したものなのか、半熟卵天はあちこちの店でも食べられるようになりつつあるらしい。しっかり食べて帰らなければなるまい。卵天、万歳。

高松市「竹清」にて

半熟卵天
2×140円
3×90円

やっぱり捨てがたいのよ〜高松市「うどん市場」

「竹清」から歩いて5分。いったいどこまでが朝食でどこからが昼食なのか一向に判断もつかぬまま、とりあえず昼食客が増えてきたようなので、ここから昼食ということになるだろうか。朝食も昼食もうどん。夜にもうどん。夜食にもうどん。間食にもうどんだ。とすると、2軒目あたりのうどん屋は10時のおやつだったのかもしれない。やだわぁ。

「うどん市場」は、数店舗展開しているチェーン店。はっきり言って、うどんは騒ぐほどは美味しくはないと思う。普通に美味しい普通の店だ。
でも、何故か私もだんなも「この店は外せない」と思い、しかもうどん屋巡りにおいて通常は禁忌としている「オプション2個付け」とかやってしまうのがこの店なのだ。「お願いだから東京に出店してくれないかなぁ」とも思っているのがこの店だ。なんかこう、この店には胸にぐっと迫るものがあるのである。正確には、胸にぐっと迫るオプションの山があるのである。

何は取らずにはいられないカウンター

昨年入った「うどん市場兵庫町店」もそうだったけど、店に入るなり、奥に向かってどどーんとセルフサービスのカウンターが伸びている。手前から盛り沢山の天ぷらの数々、唐揚げなんてものもある。更に小皿は揚げだし豆腐だのサラダだのきんぴらだの何だのとこれまた10種類くらい。うどんのメニューも豊富だし、とミニねぎとろ丼のセットがあったりと、何だか学食のような社食のような様相なのだ。
人として、あれもこれもチョイスしたくなってしまう魅惑のカウンターだ。しかも、どれもしみじみとした美味しさもある。

「うどん市場」のざるうどん。オプション2個……今回も、私はざるうどんの他に唐揚げと海老天をいつのまにか皿に盛っていたし、だんなはだんなでウィンナーを挟んだちくわの天ぷらと、巨大なかき揚げまでも盛りつけていた。これで4軒目なのにである。阿呆である。馬鹿である。

でも後悔はしない。キュッと締めたざるうどんはそれでもやっぱり美味しくて、いりこが効いただし汁に胡麻と葱とショウガを落として麺に絡めると、これぞ讃岐という味がした。サクサク衣の唐揚げに、こちらはカリッとした歯触りの海老天。学生時代、こんな店が近くにあったなら何度通ったことかわからない。
店内にはサラリーマンな人々や、一人でふらっとくるおばちゃん、学生服姿の男子学生の軍団などなど。基本のうどんを中央に配し、天ぷらや小皿ものや丼ものを食べる人々は、皆なんだかシアワセそうなのであった。

高松市「うどん市場 天神前本店」にて
ざるうどん(小)
かけ玉(小)
鶏の唐揚げ
海老天
ウィンナーちくわ揚げ
かき揚げ
170円
150円
60円
80円
90円
70円

愛すべきダシ〜高松市「谷川製麺所」

高松到着以来、阿呆みたいに食べ続けている。しかも先ほど、揚げ物ダブルとか喰ってるのである。さすがに胃袋がヤバイ状態になってきた。
「……すぐには食べられそうにないね」
と、とりあえず食事は中断して本屋でも探そうか、と市営駐車場に止めた車の元へ向かいつつ本屋を探す。本屋はなかったが、コンビニはあった。覗いてみると、売ってるのである。タウン誌である『TJ Kagawa』が売られているのは勿論、探していた同社発行の『恐るべきさぬきうどん』((株)ホットカプセル)の最新刊もコンビニに平積み状態だ。本屋に行く理由が、これでなくなった。わーいわーい、とこれを購入。あまりにローカルな出版社なものだから、東京じゃ滅多なことじゃ購入できない貴重な書物だ。思わず、『恐るべきさぬきうどん』の元となっている連載が掲載されている『TJ Kagawa』も買ってしまった。

で、『TJ Kagawa』、これがめちゃめちゃ面白いのである。基本は『Tokyo Walker』と同じようなタウン誌だけど、連載ものやら投稿コーナーには笑いが溢れている。関西のボケツッコミに近いものがあるけど、妙にのんびりした感じの香川弁で書かれると、これが妙に面白いのだった。後に宿についただんな、くつくつ笑いながら投稿コーナーを読んでいる。最終日には、投稿コーナーをまとめた本、『笑いの文化人講座』まで買ってしまった。アホだ(一緒になって「買っちゃえ買っちゃえ買っちゃおう」と煽った私もアホだ)。

さて、駐車場に到着。
「……まだ、腹が減らない……」
「じゃあ、ちょっとだけ遠くの店を目指してみようか」
と、同じ高松市内でありながら、"どっから見ても山の中"というロケーションの「谷川製麺所」に向かうことにした。私はここ、大好きなのだ。前回来て、はまってしまった。ここのだしはもう、クセになってしまってたまらない。邪道なだしかもしれないけれど。

他と全然違うここのだし、野菜が入り、油揚げが入り、時にはイノシシやキジの肉までも入るらしい。ほの甘くて味わい深くて旨味たっぷりで、のどかな風景を見ながらこのだしを啜った日には、身体中のストレスが鼻からほわんと抜けていってしまいそうな効力がありそうなのだった。
県道を抜け、細い道に入り、家屋もろくすっぽない道をえんえんと進んでいく。看板はないので、セイロやスダレや湯気が目印だ。駐車場というか単なる空き地というかな空間に車を止め、まだやっていることを祈りつつ午後1時半頃に到着した。まだ喰ってる人が数人、ちらちらといる。運良く「もうすぐ終わりの直前」といったタイミングで滑り込めた、といった感じだった。

「谷川製麺所」のうどん。だしがうまうま♪うどんはちょっとばかりコシがなくなりつつあるものだった。「うどんのゾンビ」まであと10分、といった風情のうどんは、元々滑らかで柔らかな系統のものではあったけれども一層柔らかになりつつある。
ここのうどんは、量が多い。下手な店の2倍はあるんじゃないかというほど、どんぶりにたっぷりのうどんがやってくる。このうどんを押し除けるようにしてたっぷりのだしを入れ、葱をかけ、いそいそと店先の椅子に座って食べる。
だしの鍋には、大根やにんじんの短冊切りのやつや、油揚げが入っていた。好みによって、上澄みだけをすくう人あり、私のように具をたっぷりと乗せる人あり、だ。私は具だくさんがお気に入り。濃いめの茶色のだしはうっすら甘く、腹の底から温めるような美味しさがある。けんちん汁でも喰ってるようだ。
ちょっと伸び気味の感のある麺は、放っておくとだしを吸っていってしまって、食べるスピード以上に膨らんでくる。とりあえずは必死に麺をすすりまくり、減ってきたところで、とことんだしを堪能する。あ〜、やっぱり、だしが美味しい。何とも美味しい。サイコーに美味しい。

さ、さすがにお腹がいっぱいになってきた……かなぁ(これで5軒目……)

高松市「谷川製麺所」にて

2×150円

細いのと、太いの〜高松市「松家」

そろそろ宿に行こうか、と言いつつも「あと1軒くらいは」と午後2時、未だ開いている店を狙って行ってみることにする。
宿に向かう道中に位置する「松家」(まつか、と読む)は開いているらしい。おそらく閉店直前だろうけど、と少々の不安をいだきつつ、残り数玉という状態の店に飛び込むことができた。残っているのは「余りもの」なのである。後になってみると、やっぱり閉店間際に無理に飛び込むものじゃない、ということになるのであるが。

「松家」のうどん。ちょっとノビノビ……この店には「太いの」と「細いの」がある。店に入ってすぐ左手にはおばあちゃんが立っており、おばあちゃんの前にはセイロが積んである。普通のうどんと比して、明らかに太い麺と、明らかに細い麺の2種。「普通」の太さは、ないわけだ。
「えーと、太いのと細いのと、1玉ずつください」
「ぬくめるんな?」
「あ、はい、あっためてください」
たどたどしく注文。ゆっくりした動作でおばあちゃん、背後の巨大な釜でうっちゃっちゃ、とゆがいてくれた。葱を乗せた状態のを受け取り、だしは奥の鍋の中のを自分で注ぐ。

閉店間際の残り数玉のうどん、直後に数人の客がやってきて、あっというまに完売となった。
それはもう残り物であり息もたえだえであり、要するにゾンビというか、ただの死体というか、そんな感じのものだった。仕方がない。食べるタイミングが悪すぎた。

本当は切り口がピシッと清清しくなっているはずの細い麺は、ちょっとばかりクタクタクタ〜という印象だったし、普通の麺の1.3倍ほどありそうな太い麺も、なんとなくコシが欠けているというかでろんとしているというか。そいでもって、だしも最後の方だったからかどうなのか、いりこのえぐみがちょっとばかり感じられるものだった。不味くはない、これを東京で食べるなら、多分私は文句言わないかもしれない、でもそう思うには旨いうどんを食べ過ぎてしまった。うう、ごめんなさい、あんまり美味しくなかったです……。

高松市「松家」にて

2×150円

旅館の風呂と飯

数年前、Web日記書き仲間として知り合った友人Sさんは高松市からちょっと外れた、海沿いにある旅館の若旦那だ。旅館の名を「舟かくし」という。
昨年高松に来たときには、最後の最後に空港で会うことができて「今度は絶対泊まりに行きますから!」と言って別れたのだった。これがこれが、調べてみると美味しそうな海の幸の料理がうりの、料理旅館。大きくて綺麗な大浴場もある。
素泊まりなんて、悪いよなぁ……と思いつつ尋いてみると快諾してくれたばかりか大歓待されてしまった。恐縮するやら嬉しいやら。で、今回の旅は温泉旅館の宿泊だ。昨年末から燃えさかっていた私の温泉熱が、これでやっと解消できそうだ。

午後3時、チェックイン時間にはちょい早めだけど、と訪れてみると部屋に通してもらうことができた。しかも時間外だから大丈夫と、到着直後に家族で大浴場まで使わせてもらってしまった。本来は時間別で男湯女湯に切り替わる大浴場を、親子3人でうきゃうきゃと入る。広い湯船に、小さいけれど露天つき。打たせ湯とかサウナもついている。窓からは、源平が戦った「壇ノ浦」を望む瀬戸内海がばばーんと広がっていた。家族全員一緒にお風呂に入れる(しかも大浴場を貸し切り状態)なんて予想もしていなかったので、私やだんなはもとより、息子も大喜びだ。湯につかると、じわじわと腹の中のうどんも消化されていく気分。

「畳の部屋ってやっぱりサイコー」と、畳の部屋でごろごろしながら、早起きで疲れただんなと息子はゆっくり昼寝。私は日記書き。ベッドがふかふかのホテルも良いけど、はだしでごろごろできる畳の部屋の和風宿はやはりステキだ。部屋の窓からも瀬戸内海が良く見える、眺めが良くて清潔な宿だった。しかもなんか、ここ角部屋。うどん屋巡りをするには何だか過分に良い部屋なような気が……。

せっかくだし、せめて1日くらいは瀬戸内の魚介も堪能したい。風呂にもゆっくりつかりたい。で、今晩は旅館の風呂と夕食をのんびり楽しむことにした。
「うどん巡りされたことですし、量より質で抑えめにしましたから」
と言っていただき、適度な量(で適度な値段)の夕御飯。……な、はずだった。
……違う。全然抑えめじゃ、ない。力いっぱい盛大な御馳走だった、これは。こらこらこら、これじゃ原価割れしちゃうんじゃないか、みたいな。

「お食事は○○○号室でございます〜」
と案内されて階下の別部屋に行くと、テーブルの上には、直径50cmはあろうかという巨大な皿があるのだった。お頭つきの平目がその頭と尻ビレを美しく飾られ、その間には平目の刺身がおそらくその1尾分はあるだろうという勢いで盛られている。エンガワにブリ、イカなどの刺身も盛られて絢爛豪華だ。別皿には、美しく放射状に盛られたタコのお造り。コリコリプリプリとした食感のタコがきらきらと白く光っている。頭を半割りにした、大きなアラ煮も一人一皿、焼きものは盛り合わせで数種類が美しく角皿に並び、茶碗蒸しもついてきた。高杉晋作も飲んでいたと説明書きにあった地酒をくぴくぴと冷やで飲みつつ、刺身をつまむ。瀬戸内の魚介だ。プリプリでムチムチで、新鮮この上ない味だ。美味しい。いや、しかしこれ、全然「控えめ」じゃないって。

「舟かくし」名物、タコの白波造り♪

「タコ、プリプリでいーいわぁ〜」
「いやいや平目が絶品で」
「さりげなく薄味の茶碗蒸しが良い味で」
と、がつがつ食べる。がつがつ食べるが、直径50cmの皿はなかなか強敵だった。なかなか減らない。
「お、美味しい、美味しいけどうどん6玉が……」
「ていうか、この刺身どう見ても4人分以上はありそうな勢いが……」
「うぇ〜ん、悔しい、全部はとても無理だ……」
甘さのあるこってりした口当たりの酒は旨かった。魚も旨かった。最後は御飯に魚入りの吸い物、漬物でさらっと締める。部屋に帰る頃には、喉までいっぱいいっぱいな状態だった。うどんばかりだった胃にタンパク質もしっかり詰まって、肌がつやつやになりそうだ。

うどん6玉で胃袋を満たした我が身を呪いつつ、でも明日10軒くらい巡る予定を立ててしまった自分をあざ笑いつつ、温泉入って早めに寝よう。温泉入ったら多分すぐに消化できるし(←ホントか?)

庵治町「舟かくし」にて
煮タコと菜の花の突き出し
平目のお造りと、刺身盛り合わせ
タコの白波造り
焼き物盛り合わせ(壺焼き・イカ・白身魚の胡麻焼き)
タイのあら煮
茶碗蒸し
吸い物・御飯・漬物
凱陣 純米吟醸