12月1日(金) 山越・池内・うどん市場など

こうして讃岐に魅せられて

本日から3日間、私たちはうどんの国の人となる。行け行け香川、ゴーゴー香川、うどんが私を呼んでいる。

そもそもの発端は『恐るべきさぬきうどん』(1〜4巻・(株)ホットカプセル・ゲリラうどん通ごっこ軍団/編) その本だ。雪印発行の情報誌『SNOW』でのさぬきうどん特集、料理雑誌『dancyu』でのうどん特集、それらの情報源からちまちまとその独特なうどん文化の様相は耳に入ってきてはいたが、何と言っても『タウン情報かがわ』なる地元紙の元編集長らが自分の足で歩き回って食べまくったその記録『恐るべきさぬきうどん』が私たちの心をゆさぶった。この本の所為で香川巡礼に旅立つ人は数知れず、であるらしい。

東京でこの書籍を購入しようと本屋に注文してみると、「取り寄せできないから直接出版元にかけあってちょーだい」とにべもない返答をもらい、わざわざ出版社に電話までして取り寄せた本4冊。あふれる香川弁とうどんの魅力に私たちは取り憑かれ、日々
「うどん食べよる」
「なんとか!」("と"にアクセントらしい。"ほんとですか!?"くらいの意と思われる)
「旨いがな!」
と香川弁を練習するに至った。別に練習する必要はないのだが。

この本を入手し、巷に数多あるさぬきうどんホームページを巡り歩き、ついでに村上春樹のうどんエッセイまで購入して事前準備は万端だ。タイミング良く、つい最近に『恐るべきさぬきうどん』の出版社から『さぬきうどん全店制覇攻略本2』なる書籍も出たと聞く。これは現地で入手せねばなるまい。

かくして、止めときゃいいのに『恐るべきさぬきうどん』4冊とその文庫版1冊、それに香川の詳細な道路マップ(これは必須)をスーツケースに詰め込んで、デジタルカメラとモバイルパソコンも詰め込んで、私たちは機上の人となった。これまたタイミング良く、12/1〜12/10の期間でANAが全線1万円という「超割」をやっており、それを利用しての香川行きだ。

この旅行、私たちはうどんを食べる。ひたすら食べる。飽きるほど食べる。死ぬほど食べる。うどんを食べる以外のことは何もしない。そういう趣向の旅行である。香川版るるぶを買ったは良いけど、きっと何の役にも立たないであろう。

そうそう、この旅行記における暗黙の事項を以下に記しておかなければならない。「ぶっかけ」とは何か「釜玉」とは何か、用語説明も兼ねてここで一気にご紹介。

  • 釜あげ:小麦粉を練ったものが生のうどん。それを10分前後茹でることで初めて食べられるようになる。この茹でたてのものを釜から上げて供するものが「釜あげ」。醤油やつけだしなどをぶっかけて食す。
  • 釜玉:「釜あげ」に生卵をまぶしたもの。醤油やつけだしなどをぶっかけて食す。
  • ざる:「釜あげ」を一度水でキュッと締めたもの。
  • 冷やし:「釜あげ」を一度水でキュッと締め、それを水に浸したもの。浸してないのもあるけど。
  • 湯だめ:「釜あげ」を一度水でキュッと締め、それをを湯に浸したもの。
  • かけ:だしをかけたうどん。熱いうどんに熱いだし、冷たいうどんに冷たいだし、色々あり。
  • ぶっかけ:だしを少量かけたうどん。"だし"と言うより"たれ"と言うべき濃いものをかけるところが多い。熱いのも冷たいのもある。
  • トッピング:葱や生姜、胡麻、揚げ玉は無料。他におあげや天ぷら、フライ類も用意されているお店も。1個100円前後。
  • オプション:うどんと一緒に食べる。巻き寿司やいなり寿司など、あるところには色々ある。そそられる。
そして、このような基本事項も知っておくべきであろう。
  • 東京人には考えられない事だけど「何玉食べるか」がまず注文の基本である。大は通常2玉、小は1玉。大小でなく玉数を告げるところも多い。皆さん、けっこう大を喰ってる。気合いを入れて3玉喰ってる人もいる。すごいっす。
  • さぬきうどんにおける「葱」とは万能葱系の青葱を指す。それを細かくみじん切りにしたやつが、大抵どこの店でも添えられる。何故か長ねぎはない。絶対ない。
  • だしは、基本的に「いりこだし」だ。いりこの香りがぷんとする、ちょっと磯臭いだし。それがまた美味しいんだ。
  • 今回巡ったお店はセルフサービス店がほとんど。システムはうどんの玉数を申請して熱いうどん冷たいうどんを丼に入れてもらい、トッピングを選んでお金を払った後に自分でかけだし或いはつけだし、醤油などを注いで食べるというもの。水も自分で汲む。そしてベンチに座って食べる。製麺所が良心でやっているようなうどん屋なのだからサービスだの何だのは人情でカバーである。
  • 勝負は午前中である。讃岐の昼は短い。夜は早い。夜遅くまでやっているようなうどん屋は数少なく、どころか午後1時を過ぎるとばたばたと店じまいするのが製麺所系うどん屋の実態であるらしい。とにかく午前中に気合いを入れて回るのが吉である。
  • 「美味い不味い」は喰ったタイミングにも激しく起因するものなので「ここが"いつでも"絶対旨い」ということはない……らしい。逆に一般的に美味しいと言われている店でもはずれに当たることもあるからして、そこらへんのリスクは覚悟しなきゃいけないようだ。うどんはナマモノだからね、タイミング勝負の食べ物なのだ。

初めてのさぬきうどん〜綾上町「山越」

2000年12月1日午前11時半、我らは無事に高松空港に降り立った。
機上から見た初めての香川県は紅葉が美しい山々が連なっていた。細い道路に細い川。それらの周囲にぽちぽちと家屋が点在している。建物の他は田畑と山で構成されているような、何とものどかな光景だ。
「山とたんぼと畑ばっかでできているのね、讃岐の国は。」
とだんなに告げると
「何言ってんだよ、それにうどん屋さんを加えなきゃ。」
と素早いツッコミが返ってきた。そうでした、山とたんぼと畑とうどん屋さんで作られているのでした、香川県は。

空港で既に予約済だったレンタカーの手続きをし、近くの営業所から小型のファミリーカーに乗り込んで一路うどん屋巡りに出発である。だんなはペーパードライバー。前回の運転は3年ほど前という、なかなか不安満載の出発だ。
まず向かったのは綾上町にある「山越」なるうどん屋さん。比較的空港近くにあったので、これを最初に目指すことにした。『恐るべきさぬきうどん』でも絶賛されまくりの製麺所型うどん屋の最有名店だ。時間は早や12時を過ぎようとしている。営業時間は1時までであるらしい。急げ急げとにかく急げ。

途中、曲がるべき道を間違えたりしながらも、なんとか12時半にお店到着。
着いてみると巨大な専用駐車場が2つ。駐車場には「山越」とでっかい看板は出ているし、喰い終わったおっちゃんおばちゃんらがぞろぞろと向こうの路地から出てくるしで一目瞭然の光景だ。駐車場は次々と車が来、そして出ていく。めっちゃめちゃな回転の良さだ。営業時間、1時と聞いていたけど看板には「1時半まで」となっていた。延長したらしい。

おっちゃんおばちゃんらがぞろぞろ駐車場に帰ってくるその道を逆走すると20mほど先、一見普通の民家の軒先にベンチが置かれ、そこで人がわらわら丼をかっこんでいた。目を前にやると隣接してプレハブ造りの製麺所らしき建物が。そのサッシの扉に中から人がずらりと並んで外に出ている。で、プレハブ造りのところから丼を持った人がぞろぞろと民家側に移動してきているのであった。餌を運ぶ蟻の姿を彷彿とさせる。何だかすごい。

10人ほどの列を並ぶ。熱いかけ・冷たいかけ・釜あげ・釜玉の別を告げ、その大小(大は2玉、小は1玉)を告げる。お代を払うカウンターのところに揚げ物があるのでそれを適宜トッピング。お金を払ったら外に出る。そういう仕組みであるらしい。狭いプレハブの中にもテーブルと椅子があり、そこでもずるずると皆さんうどんを喰ってらっしゃる。

「釜玉の小と熱いかけの大、ください。」
と初注文。どきどきする。
「はーい」
とおばちゃんがきびきび動いて丼にうどん玉をぽいぽい入れる。……が出てきたのは「釜玉の大と熱いかけの小」である。……ま、いいか。どっちがどっちということもないし、どうせだんなと半分こするのだ。取り替えますよ、と言われたのをいいよいいよと言って、天ぷらそれぞれ1つ乗せて外へ出る。レジのお兄さんが「これ、お子さん用ね」と小さな丼を貸してくれた。

「山越」釜玉・大 「釜玉」の大。丼にはツヤッと白く輝く茹でたての麺が鎮座ましましていて、生卵がねっとりと絡んでいる。上からはワッと刻み葱。味はついていないので、こいつに好みでだしや醤油をかけて食す。
だんなの「かけ」は熱いうどんがどんぶりに。同じく葱がワッと乗せられており、これにだしを自分でかける。

いざいざ、と丼抱えて民家側にそろそろと移動。簡素なテーブルに調味料類が乗っている。でっかいタンクに「熱いだし」と張り紙がされ、横には醤油類が濃口薄口並んでいる。更に横の巨大な味醂のボトルには「つけだれ」とラベルが貼られている。更に奥には「冷たいだし」。給水器も並んでいる。私はつけだれを釜玉にうりゃっとかけ、だんなは熱いだしを蛇口を捻ってどぼどぼと注ぐ。そろりそろりとベンチに座って、いただきます。

ツルツルツルツルーッっと非常に滑らかなうどんだ。
我が家において「旨いうどん」というものはカトキチの冷凍うどんくらいしか食べなれているものがないので、比較対象はカトキチを基準にするしかないのだけれども、喉ごしの良さはカトキチの比じゃない。ただ、コシはというとそれほどのものではなく、ねっちりしているけど素直に噛み切れるくらいというか。ぴよーんと延びて、あまり抵抗のない程度にもちっと切れる。そんな感じだ。

つけだしはやや甘口で、私にはそれが丁度良かった。卵の黄身と甘辛いだしの絡んだ2玉のうどんをずるずると胃袋に流し込むと、えもいわれぬ快感がそこにある。いやーん、美味しーい。息子も顎の下をドロドロに汚しながらうどんと大格闘中だ。

そして、うどんの食感やだしの味とまた合うのが「天ぷら」というトッピングなのである。
見た目イカ天だったのでトングで掴んで入れてきた天ぷらは、実は巨大な巨大な蓮根の天ぷらであった。イカ天でなかったその天ぷらは、その事実は事実でちょっとショックだったけれども「天ぷらとだし」という調和はそれはそれで何とも旨い。麺も天ぷらもだしも、ズルズルエンドレスで食べられる。

私たちの尊敬する食い道楽に、横浜クィーンズイーストに勤務するYさんというお方がいらっしゃるのだが、数年前に同じく讃岐詣でをした彼曰く
「天ぷらを取り過ぎないのがポイントです。グッとこらえてこそ明るい明日があるのです。」
だそうなのである。そのアドバイスを心に留めつつ、でも食べたいじゃないですか天ぷら。見たら取りたくなりますって人として。

さて、だんなの丼と交換しつつ「かけ」も堪能。
こちらはゆがいた麺に刻み葱が乗ったもの。上には海老のかき揚げ。「熱いだし」「冷たいだし」を自分で選択して注ぐのだが、熱いだしを入れただんな。こちらは甘味少ない、いりこの風味がただようさっぱりだし。程良い甘味と塩気の薄いだしは、天ぷらの衣にじゅわじゅわと染みていく。衣をどっぷりつけてそのくたっとなったところをわしわしと食べる。ツルツルーッとしたうどんはやはり美味しい。

親子3人で3玉のうどんを平らげて、じゃあ先を急ごうか。
讃岐の昼は短いのだ。

「山越」
【"熱いかけだし"のタンク。こんな感じ。】

12:30 綾上町「山越」にて
釜玉・大
蓮根の天ぷら
\230
\90

鯉のいる製麺所〜綾上町「池内」

次なるターゲットは「山越」からほど近い「池内」。
住所も近いみたいだし、ここから1kmと離れていないようである。……んが、『恐るべきさぬきうどん』を見ても場所はいまいちわからない。水墨画タッチで描かれた簡略以外の何物でもない地図は、はっきり言って役立たずだ。観光客がおいそれと行けないように嫌がらせでもしているのかと思ってしまう。

「どの道だって?」
運転席のだんなが聞いてくる。しょうがないので、ここは本を朗読することにしよう。
「山越に行く……途中までは同じ道や。右に入ったら山越、しかーし今日はこの交差点を左に曲がる。この道沿いの右側に看板が放ってあるはずや。」
「……わからんがな。」
「……わかりませんな。とにかく行ってみようやないか。」
……すっかり本の口調が伝染っている私たち。

「池内」 国道にしてはかなり細い部類に入る道路をずんずんと進んでいく。目を皿にして、
「右に看板が……あるはずだ、多分。」
と観察を続ける。おおあったあった。「うどん」とある。「うどん」の真横に、小さく小さく「池内」の文字。「うどん」が120ptだったら「池内」は20pt、そんな感じの不親切極まりない看板だ。道路向かいの民家の前のスペースに「ごめんなさいよごめんなさいよ」とこっそり路駐し、サッシの扉をがらりと開ける。「食べられますかー?」

「ああ、喰うんなら、外に出て脇を入ってきてちょーだい。」
作業服のおっちゃんらが3人座って茶ぁ飲んでいた。ああすみませんごめんなさい。
仕切なおして外に出て周囲を観察。脇、と言われた道は民家と民家の隙間の、えらく細い通りである。通りじゃなく路地でもなく隙間、という感じだ。その隙間を奥に進んでいくと、ぱっと開けた目の前は小さな崖だ。崖の下には池。池の中には鯉がゆったりと泳いでいる。なんでもこの鯉、うどんを喰っているらしい。おお確かにこの光景、本で読んだまんまだ。

池を前にして右手に目をやると、お兄ちゃんが一人うどんを喰っている。「1玉100円」、シンプルきわまりない値段表が扉に貼られており、その奥ではおばちゃんがうどん茹でてる。ガッタガタのテーブルのガッタガタの椅子、目の前には鯉。のどかである。

「熱いのと冷たいのと、1玉ずつ下さい。」
と注文。100円玉を2枚、ちゃりんちゃりんと手渡す。ほどなく年季の入ったラーメンどんぶりにうどんの玉、ぶわっと葱、だしがひたひたに注がれたものが手渡される。池を見ながらうどんをすする。旅情がもりもりと沸き立ってくる。いいなぁ……。

「池内」ひや・小 甘さ少なめのさっぱりだし……ってこれ、だし醤油かな?に、縦にスーッと筋が入ったようなエッジの立ったうどんが入っている。ツヤツヤピカピカ、これまた美味しそう。きりりと冷えたうどんをすすると、シャキーッと締まったうどんが喉を滑りおりていく。強めのコシがあり、程良い旨味。水で締めたうどん独特の引き締まり加減があって、それはとても口に心地よい。だんなの熱いうどんは、熱で周囲のエッジがやわっと柔らかくなっている。冷たいのよりは若干くたっと柔らかなそれもまた、ずるずると胃袋に降りていく。うどんは口と舌と喉で味わうものなのだという実感がこみ上げてくる。

ずぞぞぞぞとうどんを啜りだしを飲み干し、そうして僅か5分ほどで店を出る。時間はようやく午後1時半になるかならないかというところ。
……今日の宿に一旦向かうとしましょうか。先はまだ長いし。

13:00 綾上町「池内」にて
ひや(小)
\100

ありすぎて困っちゃう〜高松市「うどん市場」

午後2時、高松市はJR駅の間近にある「センチュリーホテル」にやってきた。今日から2泊の拠点となる宿だ。インターネットから予約し、1泊1万円ポッキリ。なかなかお安い。もっとお安い宿もなくはなかったのだけど、宿代に朝食代が含まれていたりしたので食事のつかないこちらにした。うんせうんせと荷物を運ぶと、チェックインは3時からであるという。大きな荷物だけを預け、そのまま歩いて近くを散策することにする。まず目指すべきは本屋である。

なんでもつい最近に『恐るべきさぬきうどん』の(株)ホットカプセルから『さぬきうどん全店制覇攻略本2』なる書籍が出ているらしいのである。『恐るべきさぬきうどん』を見ただけではさっぱりわからない秘境のうどん屋もばっちりOKの詳細マップつきであるらしい。しかも全店制覇ときた。それは買わなければならないだろう。というわけで本屋。本屋、本屋、本屋はどこだ。

ほてほて歩いて十数分、ほどなく小さな本屋に辿り着いた。恐ろしく品揃えの悪そうな本屋である。
「あるかな?」
「……ないかも。」
「……でも、地元誌だしね。」
と半信半疑で店を覗く。
あったあったありました。しかも平積み、めちゃめちゃ目立ってる。目立ってるその『〜攻略本2』の脇には『恐るべきさぬきうどん』も全巻平たく積まれている。さすが香川だ。さすが讃岐だ。わたくし、さぬきうどん文化を侮っておりました。

180pもある分厚いうどん全集本を手にし、それではうどんを食べに行きますか、とだんな推薦の「うどん市場」にに行ってみることにする。何でもオプションがえらく揃っているところらしい。うどんに辿り着くまでに屍になる人々が後を絶たないという伝説がある。

商店街の端っこ、太いバス通りと交差している非常にわかりやすいところに「うどん市場兵庫町店」はある。引き戸を開けて中に入ると、左側にセルフサービスのトレイを乗せていくレーンがある。手前にはいきなり揚げ物の山だ。揚げ物のトレイがいくつか段になって置いてあり、続いてガラスケースの中に入るいなり寿司、太巻きの類と遭遇する。きんぴらごぼうは冷や奴、なんてものまであるのだから恐ろしい。更にちらし寿司、ねぎとろ丼などの魅惑的な並びをを過ぎ、いよいようどんにたどり着けるのだ。その道、実際は2mそこらだと思うが体感距離は果てしなく長い。

「あうあうあう、じゃがいもの天ぷら美味しそうです。これを1つね。」
「あららら、僕はかき揚げを貰っちゃうよ。」
「あーあーあー、あの太巻き、美味しそう!」
「……ぼ、僕はねぎとろ丼行っちゃおうかな、ねぎとろ丼。」
我ら、うどんそっちのけである。町の総菜屋さん、という感じの素朴な素朴な品々である。妙に旨そうなんである。しかも安いのである。ミニねぎとろ丼とうどんのセットで400円しないのである。揚げ物に至っては1個80円だ。まさに食のワンダーランド。私たちはもう止まらないのであった。必死になって太巻きやいなり寿司をトレイに乗せようとする我が手と戦うのに私は疲れを覚えてしまった。……うどん食べにきたんじゃなかったんかい。

トレイがだんだん充実してきた頃に、うどんコーナーがある。これまた「牛肉うどん」「月見うどん」と種類豊富だ。ここは基本に立ち返り、私は「釜玉」だんなは熱い「かけ」。

「うどん市場」釜玉・小 結局席につく私たちのトレイには、釜玉とじゃがいもの天ぷら(私)、かけうどんとミニねぎとろ丼とかき揚げ(だんな)が最終的に乗ることとなった。厳しい己との戦いを繰り広げ、それでも最大にシンプルな選択をしたのだとここに明記しておかなければならない。

この店の釜玉、茹でたてのアツアツうどんに卵が絡められており、葱と一緒に鰹節もかかっている。これに卓上の醤油をピーッと垂らして混ぜ込んで、啜り込む。鰹節が入るとまたちょっと風味が変わり、コクも加わってこれまたなかなかイケるものだ。うどんそのものは「山越」「池内」ほどのインパクトは感じられなかったけど、ツルンとした喉ごしに適度なコシで、これまた悪くない。美味しい。

しかし、この安さとメニューの充実ぶりだ。東京でこんな店が近所にあったらきっと週に3度は行ってしまうんじゃなかろうか。腹を空かせた男子高校生あたりにはたまらない存在だろう。実際地元の学生にも人気のようで、制服姿の女の子が二人してうどんかっこんだりしていたし、小さな座敷の席では制服姿の男の子たちがうどんを食べつつダレていた。

「だんな……こういう店学校の近くにあったら通ったでしょ?」
と言ったら
「おう、きっと吉野家よりも激しく行ってたね。」
とのこと。そりゃすごいわ。そんなに気に入ってしまったか。

14:50 高松市「うどん市場」にて
釜玉(小)
じゃがいもの天ぷら
\150
\80

うどんの国のマーケット

「うどん市場」を出、ホテルに戻る道すがらにスーパーマーケットに立ち寄る。
旅行のポイント、その最大のものは地元のスーパーマーケットやデパート食料品売場に立ち寄る、である。その土地ならではの妙な調味料だとかを見つける可能性大なので、これは外せない。それに、ホテルに持って行って風呂上がりに飲んだりするための冷たいお茶なども買っておきたい。

いかにも地元の住民が良く利用してます、という感じの小さなスーパーを見つけた。目指すは「うどんグッズ関連コーナー」。麺やだし、醤油類が並ぶコーナーを目指す。

おおあったあった。乾麺コーナーに見たこともないうどんがたくさん並んでる。明らかに蕎麦の品揃えを凌駕している。そしてだしだ。インスタントだしのコーナーにはこれまた見たこともないようなだしがたくさん並んでいる。旨いと言われている「ヒガシマル」のうどんだしは東京でも見かけることができるけど、同メーカーの「カレーうどんだし」や「ラーメンスープ」は初めて見た。冷凍うどんでおなじみの「カトキチ」のうどんスープも売っている。壮観だ。液体状のだしも見たことないものばかりがずらりと並ぶ。さすがうどんの国なのであった。
結局、がさばらない程度のいくつかのだしを買って行くことにする。この旅行の後、いつになったらうどんが食べたくなるのかはわからないけど(きっと1ヶ月くらいは食べなくてもいいような気がする)。

カビカビホテル

「うどん市場」で昼食だか夕食だかおやつだかわからないけど幸せなものを食べ、マーケットで買い物を堪能した後、改めてホテルにチェックイン。ビジネスホテル然とした宿では当然ベルボーイなどは立っていない。フロント付近にはクリスマスの飾りがどことなく寂しげにチカチカと点っていて、「ここで誰か食べる人いるんかいな」と不安になってしまいそうなカフェレストランがフロア階にある、そんなホテルだった。

ツインベッドの部屋も広いとは言えない。テレビの乗る台が鏡つきの小机になっており、それとは別に華奢な小さめのテーブルと椅子が1脚。白く塗られたペンキは禿かけているし床の絨毯はもう染みだらけ。狭い狭いユニットバスの壁やカーテンはカビで黒々と汚れている。掃除が行き届いていない、というよりは減価償却で替えるべきものを全然替えられないでいる、という感じだ。ホテルを始めた時以来におそらく替えていないだろうクリアファイルに納められたホテル案内は黄色く変色していた。部屋にこもる空気は、消臭剤の匂いか何か知らないけれど妙に甘ったるいイヤな匂いが漂っている。「絶対に開けないで下さい」と書いてある窓を換気のために開け放すと、6階だというのに盛大にガバッと開いた。ひとつ間違ったら簡単に落ちてしまいそうなほどに。……多くは言うまい(もう言ってるけど)、値段で選んだ宿なのだ。

どうせうどん食べ歩きの合間に「寝る」ためだけに取った宿だしね、とここはひとつ諦めて、そうしてだんなと息子は熟睡モードに入ってしまった。一番先に昼寝から目覚めた私はこうして旅行記を打っている。のどかで静かだ。空気は臭いけど。

セルフだから旨いとは……〜高松市「讃岐うどん瀬戸」

うどん屋の夜は早い。夕方6時を過ぎるとバタバタと大方が店じまいしてしまい、7時を過ぎて営業中の店を探すのはなかなかに困難だ。そして、だんなが目覚めて息子が目覚めて「夕飯喰いに行くか……」という算段になったのは既に6時半を回ろうとしていた。ああ、どうしよう。

買ってきたばかりの『さぬきうどん全店制覇攻略本2』を読み漁り、近隣で営業中のうどん店のチェックを開始。いくつかの店をピックアップする。高松市内にはさすがにセルフの店は少なく、一般的な「うどん店」じみたものが多い。ここに来てうどん1杯600円700円はいまいち払う気がしないので、ますます選択肢は少なくなる。

結果、本日の夜のメインはデパートそごうの中にある有名チェーン店「かな泉」にしようということに。ここなら9時までやっている。移動は私鉄琴平線で2駅だ。うどんマップを見ると、この私鉄の駅に行く道すがらにも1店セルフの店がある。ここに寄り、しかる後に「かな泉」、余裕があったら更にもう1軒、そんな感じで予定を組んだ。

そして「讃岐うどん瀬戸」なるセルフうどんの店にいる次第。夜12時までやっており、高松駅からほど近いためにそれなりに客入りのある店であるらしい。こざっぱりとした、いかにも蕎麦屋うどん屋的な店内だ。トレイを持って厨房に声をかけ、好みのうどんを作ってもらう。肉うどんや天ぷらうどん、湯だめやぶっかけなどがひととおり揃っている。それに天ぷらなどは自分でトレイから皿に乗せ、おでんは鍋を指さして乗せてもらい、レジで支払いを済ませる仕組み。

讃岐うどん瀬戸」ぶっかけ・小 私は「ぶっかけ」を、だんなは熱い「かけ」を注文。
懲りない私はまたも揚げ物に手を出している。野菜のかき揚げをついつい1個、濃いだしのかかったうどんの上に放り込む。だんなはだんなでおでんの鍋を物色していて、大根と牛すじを乗せてもらっていた。
水を自分でコップに入れて適宜席につく。そうこうしているうち、近所の作業員なのかつなぎの服を着た作業員風の男たちがぞろぞろとやってきておでんにビールで一杯やりはじめている。

「ぶっかけ」はゆがいた麺に濃いめのだしが注がれた熱いもの。注文の時に「生姜と山葵はどうします?」と尋ねられたので生姜を乗せてもらってみた。更に刻み葱と鰹節がぶわっと乗る。

……うーん。テレッとしたうどんである。
舌でブチブチと切れるコシも粘りも無いもので、かなり前に作り置きしたやつを湯でさらしたような感じ。一度火が通ったものを放置してまた火を入れるものだから、ペシャーッとしてしまっているそういったうどんは、人呼んで「うどんのゾンビ」と称するらしい。ゾンビもゾンビ、良い具合に腐敗しまくっているゾンビという風情。

インスタントだしに醤油と味醂で風味をつけたような、主張のないだしもいまいち。天ぷらも、作り置きながらシャキッとした良い感じのものを並べてくれる店もあるけど、ここはペショッとしていてやっぱりいまいち。
生姜のシャキシャキした風味だけを頼りに、その清涼感を心地よく感じて1玉一気に平らげる。
東京で食べる分には、多分とても普通なうどんなのだろう。でもここは香川だ。舌で切れちゃいかんと思う。セルフだからと言って旨いとは限らないのね。一つここで勉強できました。
気を取り直して「かな泉」を目指してみよう。

19:20 高松市「讃岐うどん瀬戸」にて
ぶっかけ(熱)
野菜かき揚げ
\200
\80

デパート内でこれなら良し〜高松市「かな泉そごう店」

2両編成のローカル電車「琴平線」に乗り込み、2駅先の瓦町を目指す。デパートそごうが隣接した、ここもちょっとした繁華街であるらしい。カタタンカタタン、と小気味よい音をさせて小さな電車は走っていく。ハサミをパチンと入れてくれる裏が黒くない切符だとか、カンカンカンと赤く光る昔っぽい踏切だとかになんだかそそられる。

さて、そごうの中には夜9時までオープンしている「かな泉」がある。いくつもの支店がある有名うどん屋「かな泉」であるけれども、本店は格調高くて入るのに勇気が微量必要だ。その味の一端でもかいま見えるかと、デパート内で食してみることにする。

午後8時間近のレストラン街。階下の物販店はとっくに終了している時間だ。悲しいほどに人のいないレストラン街は、目指す「かな泉」も既に閉店準備といった雰囲気だった。
「まだいいですか〜?」
とおっかなびっくりのれんをくぐると、「天ぷらはもうできませんが……」と恐縮しながら通してくれた。愛想の良いお姉ちゃんが息子用の小さな椀とフォークを持ってきてくれたり、てきぱきと支度してくれる。
しゃぶしゃぶや天ぷらのついたメニューはどれもこれも2000円くらいで、高いコースは5000円ほど。店頭のショーケースで「ざる \450」「ぶっかけ \450」などの品をぬかりなくチェックしていた私たちは、「ざる」「ぶっかけおろし」という何ともチープな注文をした。併せて1000円以下である。貧相な注文でどうもすみません。

「かな泉そごう店」ざるうどん ほんの数分で、素早く「ざる」がやってきた。徳利に入っただしに蕎麦猪口。薬味は葱と生姜、海苔と胡麻が区切りつきの小皿に美しく盛られている。ツヤツヤと光に反射する、切り口の四角い断面もピシッと整っているうどんだ。瑞々しくてこれは美味しそう。

うどん、確かに旨かった。老舗の威厳ここにあり、という感じ。見た目からの期待を裏切らないどっしりとしたコシがあり、噛むに噛み切れないままズルズルと胃に落ちていく。この固さとコシはかなり好み。たれの方は本日最も甘味が少ないスキッとしたものだった。醤油の味よりだしの風味が勝つような、後味が突き抜けて残らないような感じがある。薬味を全部、たっぷり入れてうどんを絡ませると生姜の風味でますますすっきりしたうどんになった。適度に満腹な状態ではこの味が案外嬉しかったりする。

だんなの「ぶっかけおろし」は深皿にキリリと冷えた麺が入っている。刻み葱とたっぷりの大根おろし、それに徳利入りのだしを全部まぶして食べるもの。こちらも同じ、エッジの立ったキリッとした麺だ。大根おろしの辛みが良い刺激になる。やっぱり美味しい、悪くない。
全体的に粗野な感じの全くない、上品なうどんだ。今回の旅行で私たちが求めるうどんとは対極にあるものだとは思うけど、美味しうございました。満足。

さすがにもう一軒行く気力はなかった。もう満腹だ。ホテルまでの距離は3km弱、腹ごなしのために皆でのんびり歩いて帰ることにする。高松の夜はストリートミュージシャンが大量発生していた。そこここでギターがかき鳴らされ、歌声が響いている。ああ、何だかいい気持ち。
讃岐来訪1日目、自分なりに一生懸命食べました。明日もがんばって食べることに致しましょう。

19:50 高松市「かな泉そごう店」にて
ざるうどん
\450