9月20日(土) 豆乳朝飯、空飛ぶガチョウ

豆乳嫌いを豆乳好きに逆転させる魅惑の味〜「阜杭豆漿」

宿泊ホテルには、時計がついていなかった。目覚まし時計がないというわけで(モーニングコールサービスはあるけど、あれってどうも苦手だ)、携帯電話のアラームを目覚まし時計代わりに利用。
「絶対みんなが起きられる音楽にしよう……」
とだんながポチパチとセットしてくれた音楽は、「スターウォーズ ダースベイダーのテーマ曲」。午前7時半、デススターが近づいてきたような幻覚を覚えてしまいつつ目を覚ました。……なんだかイヤな目覚めだなぁ……。

携帯電話の音程度ではまず起きない息子は彼専用のベッド(ソファベッド)で気持ちよさそうにぐーすか寝ている。しょうがないので携帯電話を耳元にびっちりと押しつけ、更に上から
「てーいこーくはー、とーてもーくーさいー♪てーいこーくはー、とーてもー、くーさいー♪ダースベイダーはくさい♪せんとーいんもくさい♪デススター、くーさいー♪」
と歌ってやる。……やっと起きた。

そう、私たちは一家揃って、なんだか臭かった。台湾滞在5日目、夜市めぐりは3夜。にんにく臭というかケダモノ臭というか臓物臭というか、なにやら得体のしれない成分があれこれ毛穴から吹き出しつつあるような感じ。いろいろ臭いもの、喜んで食べてきたから……(その割に勇気が不足していて臭豆腐も豚の血入りの腸詰とかも食べなかったんだけど)。韓国に行った時も最後はキムチ臭い体臭が漂い始めてしまったし、そういうものなのだろう。……じゃあ日本に来た外国人は味噌や醤油臭くなってしまったりするのかしらん。

最後の朝食はさっぱりめに、でもせっかくだから「いかにもな」ものを食べたいねと豆乳屋さんに行ってみることにした。台湾のメジャーな朝食メニューの1つが「豆漿」と書かれる豆乳もの。あったかいのとか冷たいの、甘いのとかしょっぱいのとか、豆乳1つとっても色々な味になっているらしい。具が入っていたりするところもあるらしい。油条(お粥にも入れる、揚げパンみたいなもの)を浸しながら食べる、らしい。

実のところ、私もだんなも豆乳がちょっと苦手。大豆加工品は大好きで、豆腐や厚揚げ、湯葉も大好きなのだけど、液体として飲むんだったら牛乳の方が美味しいなぁと思ってしまうし、大豆の味を味わうなら湯葉とか豆腐の方が好みだなぁ……なんて思ってしまう。特に冷たく甘い豆乳は「なんで豆乳を甘くする必要が!?」と、密かに思ってしまうのだった。

でもでも、「朝食に豆乳」はなんだかすごく気になった。試してみたかった。しかも、JAAでもらったガイドブックに掲載されていたお店の料理写真は、「これだったら豆乳嫌いでも美味しくいただけるかも!!」と思わせてくれる、美味しそうなものだった。1駅先のお店で、しかも駅からすぐらしい。お手頃だ。

「そういうわけで、私はこのお店の豆乳の朝食を希望するのですが、だんなはどう思う?」
と私以上に豆乳が嫌いなだんなに進言してみたところ、「よきにはからえ」ということだったのでこの店に向かってみた。1粒1粒吟味した黄豆を石臼で挽いて豆乳にするのだとか。創業46年という老舗の豆乳屋さんは毎日午前中だけの営業で、なのに連日200人以上が来店するのだそうだ。もう、この店の豆乳でも口に合わないんだったら、私はもう一生豆乳とは縁のない生活を送った方が良いのかしら、なんて密かに思いながら地下鉄に乗る。

駅前通りに面するビルの2階に、その店はあった。一度気づかず通り過ぎ、戻ってきたところで小さな看板が横道ににょっきりと生えているのに気がついた。
「あったあった」
「……2階って、書いてあるよ」
「ここ……市場なんだ……」
とびっくりしながらビルに入る。1階は野菜や果物を扱う市場らしい。烏骨鶏が大量にケッケッケと鳴いているケージが積まれた脇にある薄暗い階段を上ると、そこがすぐにお店になっていた。20人ほどのお客が並んでいる。食べて行く人用の列と、持ち帰る人用の列ができていて、整然とそれがさばかれていく。

いかにも市場の中の店といった風情の雑多な雰囲気。そこかしこで巨大な扇風機がぶんぶん回っているけれど、厨房の熱気が伝わってきて蒸し暑い。
あーもー、美味しいよー。めっちゃめちゃ美味しいよー

私は具入りのしょっぱい豆乳「鹹豆漿」を。だんなは甘く冷たい豆乳「冰豆漿」を注文する。添え物には焼き餅(厚焼きにした塩味クレープを折り畳んだようなもの)と油條(油条とも言う。細長い揚げ餅、中身はスカスカでスポンジのよう。甘くはない)を。ついでに蛋(卵。ゆで卵?と思ったら卵焼きだった)をいただいた。これでお会計は280円というところ。おやすーい。

「ハイ、トウニュウね。しょっぱいのネ」
頼みたい品物が多かったので、全てメモして手渡すと、おばちゃんがそれを見ながらどんぶりにだばだばだーっと豆漿を注いでくれた。冰豆漿は、ただ寸胴鍋から注ぐだけ。私の鹹豆漿は、最初にどんぶりの底に葱やら海老やらその他何やら調味料を放り込んだ上で湯気もうもうの豆漿をコンロにかけられた寸胴鍋から注いでくれる。更に上にはちろりと醤油と胡麻油を混ぜたような液体をひと垂らし。醤油であえたような油条も少し。入れられた調味料の中には「にがり」に相当する成分が入っていたのか、注いだ段階ではさらさらとした液体だったはずの豆乳が席につく頃には「ゆるい茶碗蒸し」といった風に固まりつつあった。焼き餅と油条はいっしょくたに巻かれ、それが中央でざくりと2つに等分されている。
これが焼き餅とか油条とか卵とか

見かけや香りからして、「これはもう、私の知っている豆乳じゃない」という風情だったのだけど、これがもうもう
「今まで飲んできた豆乳は、一体なんだったのーっ?」
とその場で拳を天高く突き上げて絶叫したくなるくらい、美味しいものだったのだ。鹹豆漿だけじゃない。冰豆乳も、すごくすごくすごくすごく美味しい。豆乳の味ではあるんだけど、全然そこらのパック入りメーカーものの味とは違う。無脂肪乳と特濃牛乳くらいの違いがある。濃厚で香り豊か。下手な豆腐よりも湯葉よりも、全然美味しい。目からザーザー音たててウロコが落ちていく感じ。うわー、なんだこりゃー。なんだこの味はー。

冰豆漿、変にくどい甘さや匂いがない。わずかに黄色く色づき、それは大豆そのままの味で、はっきり感じられる甘さがつけられているけれどそれがイヤミな味じゃない。「ああ、これは甘くて良いのだ」と納得できる自然な甘さ。キンキンに冷えているのがまた嬉しい。

そしてそして鹹豆漿。おぼろ豆腐に香ばしい海老や油条が入っているという風で、適度に味のついた醤油や胡麻油の風味が「こうでなくては」という感じのアクセント。もう、いくらでも食べられそうだ。食べている間にも、目からウロコがだばだばと降っていく。あああああ、豆乳が美味しくないとか思っていてすみませんでした大豆の神様。豆乳はこんなにも美味しいものでした。
「ま、毎日食べたいよぅ……毎日冰豆漿を朝飯に一気飲みしたいよぅ……」
そこまで思えてしまう。しかも、焼餅や油条がまた美味しいんだ。揚げたてで香ばしくパリパリ。作り置きのそれは油の匂いが出てきてしまうものだけど、次々揚げては売れていくものだから臭くなるヒマがない。厨房と離れた一角にある作業台で、おばちゃんがせっせと生地をこねては揚げていっている。

中で食べていくお客も多いけれど、テイクアウトしていくお客もものすごく多い。金魚すくいの金魚を入れる袋のような、口を絞った袋に豆乳を入れてもらって持ち帰る人が続々とやってきては去っていく。あああ、いいなぁ……近所にあったら毎日買いに来たいのに。昨日の朝食の観光客うじゃうじゃのお粥屋さんの、数億倍も満足度の高い朝食だった(価格はしかも1/4!すんばらしい!)

善導寺 「阜杭豆漿」にて

鹹豆漿
冰豆漿
焼餅
油條

18元
18元
15元
15元
10元

台湾の「空飛ぶガチョウ」?〜「鴨肉扁」

今日は帰国。飛行機が発つのは午後1時半。12時には空港に着いていたいし、そうなると1時間前には台北駅から出るバスに乗った方がよさそうだし……と計算すると、ホテルを10時半過ぎにはチェックアウトしなければならないことになる。多くの飲食店およびデパートなどの小売店がオープンするのは11時。早くても10時というところだ。これはもう、行動するのは不可能かな……と思われた。でもまだ諦めない。

「西門町近くの"鴨肉扁"ってお店がね、気になっていたんだけど……午前9時半からやってるってよ」
「……テイクアウトもできるみだいだね」
「ガチョウ肉のお店だから、肉だけ買って空港で食べるっての、アリかなぁ?」
「アリなんじゃない?買ってくるよ」
と、「空港で最後に美味しい昼御飯を食べちゃうんだもんねプロジェクト」が急遽スタート。私が最後の荷造りをしている間、だんながホテルからひとっぱしりしてその店に向かってくれた。地下鉄に乗ってもそこからけっこう歩かなければいけないところだったので、往復歩いて行ってくれたらしい。30分ほどして帰ってきてくれただんなは汗みどろだった。お……おつかれー。

「鴨肉扁」という名のお店だけど、売られているのは鴨肉ではなくてガチョウ肉。かつては鴨肉を販売していたのだそうだけど、鴨肉は固くなりがちでしかもクセがあって苦手な人も多いということでガチョウに切り替えたのだとか。1人分がいくら、という価格形式ではなく、「100元で、この分量」という従量制になっているようだ。100元でだいたい1人分。
「300元分買ってきたよー」
というその紙箱はずっしりと重かった。

西門町 「鴨肉扁」の
鵝肉
300元

そのお店では肉と共に主食として食べるビーフンなども売られているということで、汁ビーフンも1杯買ってきてくれた。さすがにそれを空港まで持っていくのは無理そうで、それはホテルの部屋で食べてしまうことにする。
固めのビーフンがたっぷり入るスープは、ガチョウでだしを取ったもののようだ。揚げ葱とにんにくが混ぜ込まれ、もやしもがばっと入れられている。透明なスープに揺れるビーフンはなんてことない外見なのに、これがまたやたらと旨い。もう十数分後には立ち去る部屋でにんにく臭をぷんぷん振りまきながら部屋飯を皆でずるずると堪能。

で、パソコンなどを入れたボストンバッグの一番上にガチョウ肉詰めて、いよいよホテルをチェックアウト。歩いて数百メートルの場所にあるバスステーションにぱんぱんに膨れあがった大荷物を引きずって移動し、そこからバスで1時間ほどかけて空港へ。出国手続きも手早く済ませ、「あとは搭乗のアナウンスを待つだけ」という状態になったところでセルフサービス式のレストランをみつけて一休みすることにした。ちょうどお昼時。いぇーい、計算通り♪と、白い御飯を買いに行く。
ガチョウ♪うまーうまー

空港フードコートレストランのメニューは丼とか麺、あとはお寿司とか……という感じだったのだけど、
「白い御飯だけが欲しいんだけどー」
と、メモにその旨文章を書き、店員さんに見せたらわかっていただけた。メニューにその品名はなかったけれど、1膳50元。ありがたいありがたい。
甘いお茶しかなくてさ……とだんなが代わりに買ってきてくれたのは何故かビールで、
「ビールですか……」
「いや、ガチョウに合うじゃない?」
「そうね、合うものね」
笑いながらビールをくぴくぴ。いざいざ、と蓋を開けた紙箱からはみっちみちに詰まったガチョウ肉が顔を出した。

紙箱の底には肉から染み出た肉汁が溜まり、それを吸い込ませようかのように刻み生姜がたっぷりと敷かれている。上にはざく切りにされた肉がたっぷりと。赤く酸味のあるピリ辛ダレもビニール袋に入れられ、添えられていた。紙ナプキンを手元に置いて、箸を使わず手でわしわしと肉をつまんで食べていく。タレをつけなくても適度に塩気がついた肉はふくふくと柔らかく肉汁たっぷり、皮のむちむち感も良い感じだ。

香港では「繼L」という店のローストグースが人気があり、それを旅行最終日に買い求めて持ち帰る旅行客が多いことから「空飛ぶガチョウ」と呼ばれている。それの台湾版、という感じだろうか(でも私たちは帰国以前に空港で食べちゃってるわけね……)。細かな骨がばりばりとひっついている肉は食べにくいことこの上ないけど、その骨近くの肉がたまらなく美味しかったりして。
「すまんすまん、白飯とビールしか買ってないのに紙ナプキンとか大量に使っててすまん」
「テーブルも肉汁でギトギトにして、すまん」
と、フロアの隅でちょっとだけ肩身を狭くして食事してみた。でも、フードコート、ガラガラだったので、まぁ、いいかな、と……。

空港のフードコートの
白飯
ビール
アイスコーヒー
2×50元
100元
60元

最後の最後まで美味しいものを楽しめて、そして十数分の遅れで飛行機は成田に向けて飛び立った。
「台湾も中華料理圏なんでしょ?そんなに目新しいものが食べられるってわけでもないんじゃない?」とか、「中国茶の本場と言ってもねぇ……町中、そこら中にお茶器とお茶っ葉の店があるってわけでもないし」などと適当な理由をつけてなかなか遊びに来る機会を作らなかった台湾。もう目新しいものがありすぎたし、必死に自制しなければ茶器も茶葉も買い漁りたくなる勢いだった。それだけ魅力的なブツや料理に溢れているのが台湾だった。
何しろ夜市!夜市最高!夜市ブラボー!もうアナタ無しには生きていけない!

「今度は生卵とか乗ってない雪片を食べるんだぁ……」
「次はきっと臭豆腐にもチャレンジするんだぁ……」
「台南とか台中にも行ってみたいよねぇ……」
次回の宿題も盛りだくさんだ。